【映画】「シンドラーのリスト」観た

「シンドラーのリスト」見ました。初めて。

その前まではアウシュビッツのドキュメンタリーとインタビューの番組を見ていたから、じゃあその流れで観てみようかなと。
2021/02/18 アマプラで見たシリーズ紹介「アウシュビッツ ナチスとホロコースト」

すっかりこの映画の存在を忘れていた。amazonプライムビデオのウオッチリストに入れていたんだけど、なかなか見る機会が無くて。あとどういう内容かもなぜか全然知らずにいた。ユダヤ人と収容所の話だったとは……いやさすがに知らなかったわけじゃないだろうけど、ドキュメンタリーを見てから改めてその辺のことを調べてたら「映画・シンドラーのリストでは……」と言及されてたり、関連作品として出てきたりして「あ~そうだったか」と思い出したというか。

英語の勉強にもなるかなと思って。ただ初めて見る作品だからその辺はどうしようか迷った。それについてはまた英語の勉強メモの記事に書きますわ。
英語の勉強まとめ

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感想

ガンガン ネタバレしようと思うけど……ネタバレとかそういうお話ですかね? もう30年近く前の映画だし。私以外はみんなみてるでしょ。

でも「いつか見たいので内容は知りたくない!」という人はこの先を見ずにとにかく映画を早く見れ。見れ……

あらすじを追ってもしょうがないのでその辺は端折る。


バディものだった

そりゃもう悲劇のさなかの話なので、理不尽にどんどん人が死んでいく。同じスピルバーグ監督の「プライベート・ライアン」も見たけど、同じことだよね。戦争だし、「自分たちじゃない方」はころしたほうが正しいという時代と世界なわけだ。唯一死ななくてすむ方法は、「生かしておけば便利、使える、役に立つ」立場になる事だけ。利害関係だけよ。利害関係のない間柄では、弱くて武器を持ってない人間はきっかけや理由もなくころされてしまう恐怖にずっとおびえる状態が続いている。

だからもちろん、ポルトガル系ユダヤ人のイザックさんがころされないでいるのも「使える、使いたい」人間だからだという理由だったんですよね。最初は。

主人公はドイツ人のシンドラーさんで、お金儲けのためにやってきて「戦争を利用して、低予算で工場を建てて軍事需要にこたえることで安定した事業をし、タダで使える労働力を存分に活用するぞ!!」みたいにチャンスをつかもうとやってきたのですよ。

そしてイザックさんという、ユダヤ人に顔がきいて仕事の出来る人を捕まえて一緒に働き始める。最初はイザックさんが奔走するんですね。放置しておけば収容所へ連れていかれてしまう仲間たちをどんどん「技能者」に仕立て上げて、工場で働いてもらう。

ドイツ人とユダヤ人、イザックさんから見ても「この人はどういう人なのか?」とシンドラーさんのことを信用しきれないし、シンドラーさんも「ユダヤ人だけど使える労働力」という程度に考えているところから始まっているんだけど、それが段々信頼を得てともに協力して乗り越えていくところがまさに……バディものじゃないですか……

史実をもとにしていても、映画なのでそういう風に楽しんでもいいと思う。完全なノンフィクションでもないわけだし。

3時間もある映画は長いのだけど、外せない歴史の話をきちんと織り込んで、状況は日増しに悪くなっていき、もうこの世界で悲劇は避けられないのではないか? という不安を描いている。その中で、少しずつお互いに信頼を得ていくところが丁寧に描写されていると思う。

・シンドラーさんはなぜ周りのドイツ人たちに協力を得られたのか。

・非道な所長・ゲートにどう取り入って友人になり、交渉することができるほどの間柄になれたのか?

・収容されていた囚人たちがどうしてシンドラーさんを信じて、慕うことができたのか。

そういう大事なところがしっかり見られたと思うんですよね。他の人のレビューを読んでたら「長い、もっと短くもできたはず」という話もあり、まあそれはそうかもしれないけど丁寧に描くこともまた一つの手法だと思うんですよね……


ラスト

最終的には、シンドラーさんがリストにのせて「買い取った囚人」たちは逃げ切ったわけです。逃げ切ったというのは「生き残った」という意味で。

他の人のレビューには「ラストはとってつけたようなお涙ちょうだいのセリフ」と書かれていたけど、あれはシンドラーさんがずっと「言ってはいけなくて、自分にもウソをつきながら、持ちつづけていた本当の気持ちと後悔」なわけですよね……

メインビジュアルの赤いコートの女の子、あの子を見てから。あの子がシンドラーさんの「助けたいもの」として心に残って、そして助けられなかったものの象徴としてずっと存在していて、いま目の前の「うまくやらなければ失う」人々のことを何とかするためには、金もうけが大好きで囚人を利用して一旗揚げようとする人物を演じつづけていかなくちゃならなかった……

工場で働いていた人たちはシンドラーさんが自分たちのために動いてくれてることに気づいていたけど、行動の意図を確認しただけで壊れてしまうような危うい世界では本心を知ることもできなかったし、お礼を言ったり言われたりすることもはばかられた。別れの時にようやく、「お互いにわかっていた」ことを知って、そしてようやく本心を言える世界が到来したんですよ。だからシンドラーさんはあふれてきた気持ちを全部言ってしまったんですよ……「人を救いたい」とくちにしたり態度に出すと誰も救えなくなってしまうという緊張した世界がようやく終わったということなのです……


ラストのラスト

終わった後の世界について語られたところもよかったですね。このひとたちは存在したんだ。とひとつひとつ石が置かれるたびに実感します。


また観たいな。最初のほうによくわかんないシーンがあったから。確かに白黒で誰が誰だかわかりにくいのは難だ。あと見返したいときは長いのもちょっとひるんでしまうな。

原作小説も読みたい。しかしもしかして日本語訳は絶版? なんということだ。電子版も無いじゃないの。古本では読みたくないな~。英語で読むのはきついな。(てか私じゃむりだろ)

2021/02/18 アマプラで見たシリーズ紹介「アウシュビッツ ナチスとホロコースト」

みました。

ある程度知ってはいるんだけど映像で見ると重いね。

再現映像(ドラマというほどではなく、解説の後ろにそのシーンを再現した映像が流れる)と、収録時の現地と、実際に残っていた映像・写真と、かかわった人のインタビューを中心に。ほぼ時系列で、始まりから終わって加害者側の裁判・死刑まで。

救いなどどこにもなくて、今後の世界に再びこういったことが起こらないようにしようという気持ちを再認識するばかり。

私はあんまり善の人間ではないので、この場合の「悪」とされる方に私がいてもおかしくないと思うし、被害者側には悪も善も強も弱もなくただ「それに該当したから」という理由しかないわけで、被害者側になることだってあるだろう。


史実としてはあまりに数字が大きくて、ほんと全然ぴんと来ないのが正直なところ。いろんな立場の人がいて、○○人は何人、○○人は何人、と分けて考えてもよくわからなくなる。まだ規模感がつかめてないのかもしれない。

現地の今の映像など見ると、本当にのどかできれいな場所なのでいっそうふしぎに思える。

施設や建物自体は、証拠隠滅のために破壊したり、のちに踏み込んできた他国の軍が憎しみのあまり破壊した?りして、残っている場所が少ない。そのせいで「本当にそんな部屋があったのか?」という疑問がわいちゃうのかもなあ。


見どころというか白眉なのはやはり実際の人々の体験談。
(以下、見返して間違いの無いように書いているわけではなく、感想として発言や内容を記憶で書いています)

体験談の危うさというのもあるのだけど、そこは資料と照らし合わせたりする・実際どうだったか他の方面からも確認する・同じ証言の突合せなどが行われる必要があるだろうし、しているだろうと思う。

前にamazonプライムで見た「塀の中の少年たち」の感想でも書いたけど、加害者側の証言がいっぱいあるのもすごいことだと思う。

当時アウシュビッツで働いていたという党員のグレーニング氏の証言は、被害の全貌が明かされつつ間に証言が挟まれることによって「ええ……」「なんなんだこの人……」って嫌な気持ちになってくるのね。(→最後まで読んでね)

「最高の思い出ですね!」って語るわけですよ。虐殺したというわけではなく、彼は事務員というか……直接は虐殺とかかわりのない部署にいたのですが。

強制収容所へ連れてこられる人たちの持ち物と服は全部奪って、現金も貴重品も外貨も全部没収する。それを本国へ送るために仕分けたり計算したりしていたと。横領は当たり前で、同僚たちと一緒にいろいろ盗んで、裏金で銃を手に入れたり、酒を飲んだり食べたり騒いだりしてあのころはほんとに楽しかった……ということを笑顔で語るわけです。

一度は本国から査察が入ったけど、ロッカーがあかない!とウソを言って、うまくやって逃れることができたんだ! などというし、戦後も裁判にかけられることは無く、ふつうに労働し、家族と暮らし、裕福に過ごしたと。

インタビュワーが「たくさんの人がそこで亡くなっていた、そこで働いていたことに対する罪悪感は無いんですか? 裁判を受けなかったのですか?」と聞くけれど「罪悪感なんてありませんよ」はっきり言う。「私にだって、より豊かな生活を求める権利はあります」


「家族に『あなたはひとごろしとおなじよ』と言われたので、そんなことを二度というな!今度言ったら家を出ていくからな!と言いました」

っていう話が最後の方にあって、「本当にこの人は何なんだ……開き直り方がすごい」と思ったんですけどね。

最後の最後で、その人が

「私はその出来事を忘れることにしていたが、いま『あれは無かった』という人が増えてきている。だから私は語ることにした。『あれはあった』確かにあったんだ。それを語るためにここまで生きていたんだ、これはわたしの使命だ」

と強く言ったんですね……当事者としての責任の果たし方がそこにあったんだなあと……
いいことだと肯定もしないし悪いことだったと否定もしない、ただ「あった」、それを伝えようとしているんだな。


とにかくかかわって虐殺した人も、されたひとも、生き残った人も死んだ人もみんな普通の人だった。完全に悪魔のような人間がそこにいたわけではなかったのに、事態は最悪の状態になるってことがあるんだなあとジワジワ怖くなる。

今後こういうことはおこらない、私は大丈夫だ、なんてちっとも思えないのだ。
そして加害者被害者どちらになるかもわからない……一般市民のまま大きな渦を作ってしまう前に、小さなきっかけのうちにつぶしていくしか、出来ることはなさそうだ。