2019/01/31 わりといい出だしの1か月だったと思う

いやあ、、もう1月も終わりです

2月になったらぐんぐん春になるんでしょうね。なんかなんでか知らないけど2月にもう春を感じる私です。昔、長野から京都に移り住んだとき、「2月はすごく寒いから、まだまだこれから本格的な寒さがくるんだ」と京都の冬におびえていたのですが、結局のところ本当の寒さなどはやってこずに、春になってしまったのです……京都の冬は寒いと言いますが、そして確かに寒いのですが、長野に比べれば全然寒くなかった。ということで寒さには割合甘いのですよ。


今年も「1年間でこれをやりたいな~」みたいな目標をいくつか年初に立てました。

1か月たったので、12分の1が終わったわけですが、正直1月のやる気が今年の後半まで持つわけじゃないので、初めにどれだけダッシュできるかにかかっている気がします。後になってきて「全然やってないな」って思うと、もう取り返せなかったりして、一気にやる気を失ってしまう性格です。「あ これ今年の間にどんなに頑張っても天井見えたな」みたいに思ってしまうと、伸ばさなくなりがちというか……

だから「これは目標を超えてそのずっと先までいくんじゃね?」と思えるような進捗が一番いいわけですよ。


■新しいことに挑戦する

これは7つやりました。行ったことのない場所に行ったり、やったことのないことをやってみたり。1週間に1個以上ってことになりますし、なかなかいいペースです。

でも100個やりたいって思ってるので、週に2,3回やったなってときももっとないと厳しいですね。

■映画、本、アニメ

映画3本・本25冊、アニメ10本です。

ちょっとのんびりペース。去年よりはいいか。


■ここの日記ももっと増やしたい。

今回で18本目、前回までで17本・15993文字ってところです。

文字数は別に目安というか、たくさんにしたいと思っているわけではなくて、でも面白そうなのでひとまず記録しています。文字数増やすのに一所懸命になるとあんまりいいことありませんからね……


2月も頑張ります。っていうか1月の残り時間も頑張ります!

2019/01/29 映画 野火を観ながら思い出してたこと

前回映画を見たことについて書きました。

映画「野火」を観た – 藤村阿智の日記 ひぐらし BlackStrawberry_net
https://www.blackstrawberry.net/yoshida/?p=514

で、ぼーっと考えてたのですが、私の祖父もフィリピンに行ってたって聞いたことがあるなあ……と。

それも思って、感想の方に

個人的には、ここまで地獄のような世界を味わってる主人公が、このまま生きて帰って高度成長を支える普通の人間として生きているところが見られたとしたら一番ぞっとするというか、……実際にそうだったわけで、途中でそのことを考えていたわけですね。

と書いたのですが。

おじいちゃんフィリピンで何を見たんだろう。何があったのかな。どういう気持ちでその後の人生を過ごしていたのだろう。

その辺を語る語らない時は個人の気持ちを尊重したいし、思い出したくないという人もたくさんいるし、勝手に想像してもいかんと思うのですよ。(特に具体的な個人の体験を想像して「こうだったんじゃないかな」とかよくないよね)


事実としては、第二次世界大戦の「フィリピンの戦い」では53万以上の日本側の人間が現地に行き(現地におり)、約43万人が戦死したと。

フィリピンの戦い (1944-1945年) – Wikipedia

私の祖父はルソン島にいたというような話を聞いたことがある。何分小さい頃にちょっと聞いたことで、うーん、昔は「また戦争の話か~」って思った気もするけど、そんなに聞いた割りには何にも覚えていないな。

昔の話でしょ?って当時は思ったけど、80年代とかだとまだ終戦から35年~しか経ってなかったんだなって。いまから35年前のこと、まあ昔だけどわりと身近に考えられるから……そんなに昔話じゃなかったんだなって。いまさら思ったり。

ルソン島の戦い – Wikipedia

ルソン島だったとすると、25万人行って21万7千人亡くなったみたいだ。本当にそんなところから帰ってきたんだろうか。なんかすごいことのような気がする。他の島でも大体そんな感じの、敵も味方も、そこに暮らしていた人たちもたいへんな損害があったみたいだ……数は関係ないと思ってもやっぱり圧倒されてしまう。

今までちゃんと調べたことなかったから、映画を見たことは良かったのかもしれないな。祖父はもうずっと前に亡くなっていて、いまや話を聞くこともないわけですが、そんな場所から帰ってきた20代後半の青年がそのあと家庭を持って、わたしにもとっても優しくしてくれてたんだ……と思うんですよね。よく一緒に山仕事や畑仕事に行ったんだ。そういう時にも話してくれていたかもしれない。

フィリピンの島にそんなに詳しくない私が「ルソン島」って名前を昔から憶えていたんだからきっとその名前を祖父から聞いたのだろう。


で、祖父が話したフィリピン・戦争の話で覚えているものと言えば、

■いもは戦争の時にさんざん食べたのでもう食べたくない。
(畑で作っていたけど、さつまいもは食べてなかった)

■おじいちゃんは「戦争が終わった~!」っていって、フィリピンから海を泳いで日本に帰ってきたんだ。すごいだろう
(今考えれば無理だと思うが子どものころは「じいちゃんすごい!!」と信じていた)

……こんな話だけなのです……

映画「野火」を観た

映画「野火」を見ました。1959年の市川崑監督の方じゃなくて、2014年の塚本晋也監督のほう。

なんで急に見たかって言ったら

・たまたま読んでた映画評ブログで「みんな見たほうがいいよ」と言われていたので思い出した(もともと、以前劇場で公開されてた時に見たいと思っていた)

・amazonprimeとかで見られるかな?と検索したら見られるようだ(prime会員なので対象商品は0円で鑑賞できる)

・時間も90分ないということで、長すぎないので(時間的な意味で)気軽に見られそう

という3つが重なりまして。さっそく再生したわけですよ。

一応最初に言っておくと、残酷描写(映像)がだめなひとには全くおすすめしません。戦争のことを知っておきたいという話だったらこれじゃないのをいくらでも見ればいいと思うのと、原作を読んだらいいんじゃないかな……

【以下感想、多少のネタバレありよ】


感想としてはあんまり良くなかった。気がする。

なんか戦争ものってずるいね、単純に作品として「面白くない」「好きじゃない」って言っても、実際にあったできことを切り取っているわけで、その悲劇についての感想みたいになってしまって批判するのに気が引ける。

まあいろんな角度から戦争を切り取っていいと思うので、残酷でこんなにも人間がモノみたいに破壊されて転がりますよ。という内容でもいいと思うんですよ。でも何と言うか、それが過剰すぎて、ちょっと「見せたいのは残酷さや悲惨さじゃなくて、破壊されたもの(ころがった人間)そのものじゃないのかな?」って言う疑いがわいてきちゃうんですよね。「悲劇だ……」という悲しみから反動で戻ってきちゃって「なんか死んでも転がってもこの場じゃしょうがないな、まあこうなるもんなんだな~」とその状況に慣れてきちゃうというか。(その「麻痺して残酷になってしまう」観客の心の動きまでが作品だと考えると効果はあったのかもしれない。)

個人的には、ここまで地獄のような世界を味わってる主人公が、このまま生きて帰って高度成長を支える普通の人間として生きているところが見られたとしたら一番ぞっとするというか、……実際にそうだったわけで、途中でそのことを考えていたわけですね。こういうのを潜り抜けても、生き残ったからには、その思い出はありつつもきっと生きていくんだろうと。戦争に一般市民が行くというのはそういう、地獄の記憶を抱えても普通の生活をしていかなくてはいけないという悲劇があるんだろうなあと改めて考えていて、もしかしたらこの映画は最後にそういう描写があるのかもしれない。と思ったのです。そうしたら観客は、残酷なことに慣れてしまった状態から心を取り戻して、悲劇に気が付くのかもしれないと。

結果としてはありました。ただちょっと弱かった。主人公の職業が物書きだったから、部屋に閉じこもって苦悩している感じが描かれていたけど、あの戦場から平穏な、安全な世界に戻ってきて、改めて地獄の様子に思いをはせているという感じ……がなかったとは言わないけどちょっと弱かったかなと。


映画を見たら、面白かった★気に入った★というときは人の感想を見ないか★5つの感想だけ読むかして、疑問が残ったりもやもやする時は★5つと★1つを見て、人の意見や提供される情報によって考え方の補間をしています。

今回は★5つと1つを両方見ました。

まあ1つの人にわりと同感かな……音が小さい、声が聞こえないって★1つにしてる人のレビューは除く。私自身は気にならなかったし、なんかあんまりセリフ関係ないって言うか。あーでも、「国に生き別れてたけど最近再開した息子(本当にそんな人間がいるかはあやしい)を置いてきたんだというおやじ」と、「俺は妾の子なんだということを気にしている寂しがりの若もの」の会話は聞こえてるほうがストーリーに味わいが出るかもな。

「ジャングルなのにたべものがないとかリアリティがなくておかしい。草でも虫でも食べれば?」ってレビューにはさすがにコメントでツッコミが入っていた……映画内でも虫を食べたり、おなかを壊すから飲み込めないけどもぐもぐするだけのゆでた草とか出てきたよね。最初の方でイモを生で食べて腹壊してたし。人間が生で食えるものってそんなに多くないんですよね……確実に、即効性の毒がない食べ物って肉ぐらいしかないという……草は知識がないと危ない……


とにかく映画を見たことで原作を読みたいと思いましたので、原作の電子書籍を買う予定です。

 

2019/01/28 コントロールすること

前々から、他人をコントロールする気持ちは一番の悪いことだと思っていて、意識して自分が他人をコントロールしようとしていないか気を付けているのですが。

いやほんと、「こうなればあの人も幸せだからこうなってほしい」と意見するのもだめ。その人が望んでないなら。「幸せになりたいな~、どうすればいいのかな」って聞かれたら一緒に考えて言うのはいいけど、聞かれてもいないのに「こうすれば生活が改善する」とか「良くないことをやってるから改めたほうがいい」なんて余計な話だし、相手のためみたいに見えて自分の快楽の為ですよ。ほんとほんと。でも言いがちだし自分もやってたことが何度もあるから(相手にはこれがいいはず、間違ってないと思い込んでいるのがまた厄介)意識しないとね……


そんなことを再び語りたいのではなくて、こないだひとりカラオケで歌を歌ってたら思ったんですよ。

なんで人は歌をうたったり、スポーツをするのか。

それは快感を得たいからです、コントロールできるという快感。

思うんですけど、「自分の思い通りに動く」ってのは一番キモチイイことなんじゃないか。精神的にですよ。それが体にもいい作用をするでしょう。で、歌を歌う、スポーツをするなどはそれを得られる「体のコントロール方法」なわけですよ。

思ったとおり・想像したように何かを動かせるのは本当に気持ちいいわけです。しかも他人じゃなくて自分だから自分にしか関係ないことが多いから勝手にできて楽しい。ダンスとか楽器演奏とかもそうだと思う。

精神的にあんまり元気がない人は、そういう些細なコントロール欲を満たせるなにかをやるのがいいと思いますよ。逆にストレスが溜まってるな~って自覚のある人は、思い通りにならないものを遠ざけたほうがいいでしょうね。他人の存在とかもそうだし、自分の意思ですすまない仕事とか。


団体競技は自分の体をコントロールできるようになっても、他人の動きで思うような結果が得られないことがあると思うから(自分は調子よかったのにほかの人の動きが悪くて試合に負ける、とか)団体の中でも自分の動きに満足できるようなタイプの人じゃないとイライラしちゃいそうですね。監督業、指揮者なんかもイライラしそう。

あと、体が思うように動く~!っていう初期のスポーツや歌や芸術は楽しいんですけど、少しできるようになってきて「もっとうまくやりたい」と思った時、また新しい「思うようにできない」というレベルの高い悩みが出てしまうのが難しいところ。プロ級にこなせるようになりたいことがある人は、ほかの気軽に「わあ~できるできる、たっのし~!」って出来る趣味があったほうがいいですね。車の運転やゲームもそういうコントロールして楽しい・快感を味わえるものだと思いますのでそれもいいかも。

 

監督、指揮、団体競技は他人が思い通りにならなくてイライラすると言いましたが、むしろそこでバチっと合わせることができて他人も同時にコントロール出来てる気分になれれば、自分一人を何とかするよりすごーく気持ちいいわけですよ。合唱、合奏、チームでダンスとか。つまり自分の体を思う通りにするよりもさらに他人が思い通りになるというのはとってもきもちいいわけで。だから独裁者とか、まあほかにも社長とか、リーダーが生まれるんだと思いますが……人を動かすことに興味が無かったら成功しないでしょ……たぶん。

 

以前書いたブラックドウワ(ショートショート)にコントロール欲を満たすことでストレスを解消する話がありますよ。当時はそこまでコントロール欲のこと考えたことなかったけど、まさにこんな感じ。

ストレス解消球を手に入れた

 

私は自分の演奏じゃなくても、聴き慣れて展開がわかってる曲を聴くことでかなりコントロール欲が満たされるというかストレスが解消するので音楽を聴くのは好きです。同じように、過去になんども見た映像や漫画なども脳を休めてくれる感じ。初めて触れるものは元気なときじゃないと相当ストレスになってるな~って言う実感があります。

2019/01/28 タグの存在を忘れる

日記にはタグがつけられて、例えば同じ話題の時などにキーワードでまとめて読めるように、タグを設定しておけばあとで便利なんですが。

ココだけじゃなくてどこのサイトでも……前につけたタグがなんだったか忘れて、結局使いこなせないパターンばっかり。

日本語の揺らぎというか、ひらがなや漢字もちゃんと合わせないと別の文字列になってしまうので、余計にむつかしいです。

記事にピッタリのタグを以前作ってあっても、忘れてタグなしで投稿することが多いし。一応タグの候補みたいなのは表示されるのですが、全部じゃないので「ないな」と思って新しくつけてみたら全然違うものがあったり……

結局一記事に一タグあたらしいタグが設定されていく感じで、まとめて読めないじゃんかよってことになってます。カテゴリのほうがまだいいかな……でもカテゴリも多すぎてよくわかんないことになっている。

あとカテゴリの順番変えたり親子関係を調整したりしたいんだけど、いつもこうやって記事を書いてるときだけ考えていて、公開ボタンを押したら忘れてしまう。ほんまあかん。


また1月も終わりに近づいてきてしまいました。いろいろやることに余裕があったはずなのに、またもやギリギリになり始めているので頑張ります。

そうだな~2019年の目標は「前倒し」だな!!!

生き急ぎたいという気持ちもある。

 

2019/01/24 イメージするちからが弱いのかもな

これまた自己分析ですけど、絵とか描いたり妄想を小説にしたりする割りには、イメージするちからが弱いのかもしれないな~と思う私。

想像力はあると思うんだけど、細部がふんわりしてるので出力すると「こんなもんかな?」って感じに。うろ覚えの絵ってあるじゃないですか、あんな感じです。

「こうかな? これであってるのかな?」って自分でも疑問に思いながら出力してるからなんか細部が甘いイラストとかまんがとかになるんじゃないのか……


でも、以前よりはちゃんと下描きというか、ラフを描くようになりましたよ。下描きというのはペン入れ前の絵のことじゃなくて、企画というか計画というか。

「こういうのをかこう!」→「描いた」

っていうのが以前の流れですが、最近はもう少し

「こういうのをかこう!」→「もう少しここをこうしてみたら。ここにこれを盛り込んで……これは取ろう」→「描いた」

って感じで、描く前に考えている。なんかすごくあたりまえのことのような気がしますけど、いきなり描きがちで……


もう一個気を付けたいのは、大作傾向になってしまうこと。大作とか手の込んだものを作ろうと思いすぎて、全然完成しないってこともあるから。

大作を作るならそれこそ細部を練って、気がのらない時も進められる部分を作ったり、少しずつ発表できるようにして、「いつまでも新作ができない」って言うのは避けたい……長く時間がかかると、最初の方に作ったところが「今とだいぶ違うなあ」って感じになるのも好きじゃないし。その時の実力をがーんっと出し切って勢いみたいなのも込めたいなと。

まあとにかく何でもいいから作れってことです……今年はもういろいろ作らなくちゃって感じになっていますよ……

2019/01/23 好きを再確認したい

絵を描いたり文章を書いたりって言うのは自己表現だと思うのですが、その自己をわかっているともっともっとよくなるんじゃないかと思うんですよね。

なんとなく、感覚的に、どうしてもにじみ出てしまう「好き」とか「いい」ってのを作品にのせてはいるんだろうけど、もっと意図的に好きなものやいいと思ってるものを表現すれば、少なくとも自分は好きになるだろうし、同じものを好きな人に「私もこれがすきだ」と言ってもらえるかもしれないじゃないですか。

意図的にのせていこうと思ったら、深層心理に近いところまで、見えている部分は少なくとも理解して「これがこういう理由で、こういうところが好きです」と説明できるようになってないと誰かに伝えることもできない。

私はどうもちゃんと好きなものを分析して分解して言葉にしたことが少ないんじゃないのか。

もちろん文房具とか漫画とか、使ったり読んだりして「これはここが、ほかのものと違ってて、好きなのだ」というものを見つけ出して同人誌やブログ記事にしてきましたよ。でももっともっと、感覚で好きなもの、だれからもまだ聞かれてない・説明したことのない好きなものの「なんとなく好き」を、ちゃんと考えていきたい。

特にデザイン方面を中心にやっていきたい。雑貨とか、文房具でも装丁でも、好きだなあって思うものの傾向はありそうだけどまだ言語化できない。「こういう理由でいいと思ってるんだな」「ココがこうなってるのがいいんだな」みたいなのを分解して、自分の作品にものっけていきたい。パクりたいというか、まあ……パクりたいんだけど、アイディアとか絵柄とかそういうんじゃなくて「この組み合わせがいいのか」「この色だったんだな」「ココにこういう模様があって素敵なんだな」とかそういうところ。

デザインに限らず、作品とかでも好きなものについて「こうだから好きです」って言うのを考えて、ここででも紹介していこうと思います。

ストリートビュー散歩14 ドバァ~イ

ドバイです。アラブ首長国連邦の。

でも、普段このカテゴリの記事で書いているとおり、私の興味はどちらかというとアフリカ・アジアの生活に密着した地域で、あまり観光地や都市には興味が無いんですね。

でも、ドバイはちょっと面白いなと思っています。ほかの都市と違う感じというか。やはり普段はキリスト教・仏教の文化に私は触れていて、イスラム圏はまだなじみがないため、ちょっと目新しく見えるのかもしれない。

 

ドバイのイメージ。高層ビルとハイウェイ。ドーン!ドーン!と豪華なビルが建っています。デザインもひとつひとつ違っていて魅力的。近未来ってこれだったかも……と言う気持ちにもなります。

東京も高層ビル群はあるんだけど、ドバイとは規模が違う感じ……なんか広いんですよね。

あと、ドバイはインストアビューも面白いです、博物館、観光地、ショッピングモールなど。

いろんな場所の写真が投稿されているので、見てて楽しいです。観光地はみんなこんな感じですね、ヴェネツィアとかパリなども楽しいですよ。

 


ドバイはすごいな~って感じですが、私の楽しみは「作りかけだな!」というところを見ること。ビル群の中でも、まだまだクレーンがにょきにょきしていてこれから増やしていく感じがあるし、郊外に出ると資材が積まれて「ここに家を作りますよ」という場所も多い。

リゾート地的な別荘もたくさんあるけど、普通の人はマンションに住んでいるみたいだな。とか。

基本的に住居らしい建物のデザインは似ているし、みんな白いので、街並みはどこに行っても同じ感じですね。

車社会だと思われるので車もたくさんありますが、歴史が古すぎるヨーロッパの街だと車を置く場所が無くて全部路駐なのに対して、大きな駐車場スペースもあるところが特徴かな。

 

まだまだ見どころがありそうなので、ドバイ以外のアラブの街もみて行きたいと思っています。

2019/01/16 google mapでシリアの写真を見る

シリアにはさすがにストリートビューは無いんですけどね。

投稿された写真はあちこちで見ることができます。

携帯ショップだったり、モスクだったり

街中はひどく壊れた後の様子だったり……

シリアも商店や街並みは、ほかの国と同じような感じで、やはりそこにも人は住んでいるんだなあと。空爆とかテロとか武装組織とかそういう話を聞くと、早くそこから逃げたほうがいい、住まないほうがいいと思ってしまうけど、実際に誰かが生活している空気を感じると気軽にそんなこと言えなくなってしまう。

衛星写真(航空写真?)は灰色だなあ。建物がみんな石造りだから灰色に見える。

海外にはそういう、航空写真で見ると石畳などでまったく緑がない場所も多くて、そう考えると日本は緑の多い場所だなあと。都心部ほど気を使って緑を多くしてる気がする。住宅街とかはあんまり緑がない。庭も東京だと少ないしね。

ぜひ一度シリアの上空から、写真が投稿されている地点を見つけてクリックしてみてください。

2019/1/13 ハンドクリーム

ハンドクリームがなくなって、新しいものを買わなくちゃな~となったので買ったのですが……

また失敗してしまったかもしれない

においも気に入らないし、塗った感じも、その後手が濡れた時の感じもどうも好きになれない。ニオイは一応サンプルで確認したけど確認がたりなかった。やっぱり実際に塗ってみるべきだった。

買う前に、もうひとつ「これはどうかな?」と思って塗って確かめたハンドクリームは、においがすごくて「だめだこれ生活に支障が出る」と思ってやめたんですよ。今までにもそういうこと何度もあったのに、また新しいハンドクリームを買ってきて同じような理由で失敗している……学習してるのに活かせていないというか。

おとなしく、気に入って使いきれたシリーズをリピしてればいいのですけどね。ちょっと高いな。とか思って、もう少し安めでいいのがあればな~って思ってしまうんですよ。でも、よく考えてみれば、昨日買ったハンドクリームは安いけど容量が少ないから割高なんじゃないか。

あーん。ほんと何やってるんだわたしは~~失敗だよ~