2019/02/13 不寛容な正義の人

昨日の日記はタイトルに書いたような人がさらに他罰的になって、
「あいつは懲らしめられても仕方のない、懲らしめられる理由がある人間だ」
と思いすぎちゃうのは良くないという話だったんだけど、

藤子・F・不二雄先生の「ウルトラ・スーパー・デラックスマン」という短編はそういう人が主人公なんですよね。

 

こういう極端な人や状況が日常に入り込むとどうズレるかっていうお話が本当にすごいんだよなあ。まあ、つまりギャグだってことですよ。周りとズレている。やりすぎる。ということははたから見ると滑稽なわけです。

ウルトラ・スーパー・デラックスマンは、平凡なサラリーマンだけどまじめな性格で、世の中の悪を正したいと考えている 男が、ある日大きな力を手に入れて、その力を世のためひとのために使い、世界を良くしようとするお話なんですけどね。

なにかの理由で行動を正当化できる人は、悪さを正当化する力も持っているのだなあと。自分が手を汚してしまうのは、あいつがそうせざるを得ない悪だったから。

自分がいい思いをできるのは、悪を倒すのと引き換えの報酬だから。

些細なことだったら普段から私たちがやっていることなんだなあと思う。力がひとに影響を及ぼさない程度だったらいいんだけど、誰かに影響するほどの力があるひとが他罰的になるとおかしなことになってしまう。


短編なのでさくっと読めてしまうから、オチのネタバレも何もないけど、最後のシーンで「バチが当たったんだな」と思っちゃった場合は読者自身もギャグになってしまう……スカッとするのか? モヤっとするのか? ひとだけでなく、読むタイミングによっても変わりそう。


力をもった正義の人の極端な世直しと言えばデスノートとかもそうだよね。

自分が正しいと思ってる人にちからが渡った場合はそういうことになる。歴史の中でもそうなのかも。みんなわりと、「これは正しいことであり、多くの人のためになる」と考えているから極端な行動をとれるわけですよ。

いちいち「これはただしいのか?他方から見れば悪そのものではないか?少数を切り捨てるのか?犠牲を出すのか?」などと考えていたら何も物事は進まないのかもね。

まあ私は自分の人生ぐらいは、なにも物事が進まなくても犠牲や切り捨てを最小限にしていけたらな……と思ってますよ……そうはいってもいろんなものを下敷きにしなけりゃ立っていられないんだということも自覚しなくちゃね……あんまり考えすぎると病みそう、究極に、正義は「全員がしぬとやくそくして自分もしぬ」ことでしかかなえられないのかもな???

2019/02/12 ふてきせつどうが

「またそれのはなしね~」って感じなので、あんまり最近の「バイト従業員による不適切動画の公開」みたいなのを追ってなかったんだけど、くら寿司が従業員を訴えるって聞いて「エー」と思ったりはしたのでした。

「バイトテロ」は訴えても抑止できない、3つの理由 (1/6) – ITmedia ビジネスオンライン
http://www.itmedia.co.jp/business/articles/1902/12/news059.html

この記事の内容はほんとその通りだと思う。

コンサルされてる方だと思うのに無料で別の解決方法まで……

まあ、訴えるってのはある意味当たり前かもしれないし、感情としてはそりゃそうだ、訴えられてもしょうがない、そういうことも必要だ、そういうリスクを知ってまじめに・背筋を伸ばして善行を心がけなければいけない。……と思ってしまうのだけど、最近わたしはそこまで思わない。

悪いことをしたり、調子に乗りすぎたものが痛い目にあう・懲らしめられるってのは昔話でもよくあるはなしだし、戒めとして語られ続けていて、自分が自分の行動を律するのには役立つかもしれない。

でも、人の行動や実際の事件を見て、

「罰が与えられるのは当然のことだ。それが嫌なら最初からしなければいい。やりすぎだと言うヤツは自分にも後ろ暗いところがあるのか? まっとうに生きていればなにも怖がる理由は無いはずだ」

とまで考えるのは極端で行き過ぎている、ちょっと厳しすぎておかしいことだと自覚したほうがいいと思うんだよねえ。他罰的というか。私もそういうところがあるからよくないんだけど。

自分がまじめで、誰かになにか迷惑をかけられたときに「自分は正しいのに正しくない周囲の人間の行動によって嫌な思いをした」ってことにとらわれすぎちゃうと苦しいんじゃないかなって。だって他人は自分の思う通りにならないんだから、他人の行動をいちいち受け止めてたらつらいし、思う通りにならなかったときはひょいっと避けて自分にひっかぶらなければそれでいいやってぐらいの気持ちになったほうが……

上の話は「だから訴えるな」という話じゃないですけど、常に失敗を訴えて罰して正していく気持ちになっていると疲れちゃうよということかなあ。

大多数の人は「自分に関係ないし、できればこれからも関係ないところにいたい」と思うだろうし、そしたら関係ない場所にいるための判断として「ややこしそうなところには近づかない」という考え方につながっていくのではないだろうか……


途中で適切な言葉が見つからなくて検索とかしていたら考えがうまくまとまらなかった気がする。

 

 

バーチャルユーチュー鳩ダヴ沢のこれをみろよ008 UPしました!

しました!

今回は、千駄ヶ谷にある「鳩森八幡神社」へ行ってきたよ!というおはなし。

主に買ったものとかです。いろいろハト好きにうれしいものがありまして。それをゲットしてきました。

神社自体もいい感じだったし、富士塚も登れるので見どころ多いです。また行こう。

神社とか、木々の多い場所には、冬と夏だとだいぶ雰囲気が違うってこともありますからね。京都にいた時もいろんな場所に行ったけど、季節で全然違ってきて、どの季節が好きかっていう好みも場所によって変わるので、同じ場所だしと言わずに何度も行くのがいいですよね~。

同じ場所に行くと言えば、

「いろんな場所を見てきた。それぞれいい場所だった」

というのを楽しみたい気持ちと、

「同じ場所に毎日通っている。そこの雰囲気が好きで何度行ってもいい」

みたいなのに憧れる気持ちと両方ありますね……どっちもいいよね。なかなか両立しないかもしれないけど。

しかし、近所にお気に入りの場所があるというのは良いものです。私は近所にお気に入りの場所いっぱいありますね……散歩コースとか。まだまだ近所に飽きないなあ。飽きるとかあるのかな?「同じところぐるぐるするの飽きたな」って今まで思ったことないから、状況としては「飽きることもあるだろう」と思ってはいるけど実感がわかないな。

 

連載「お楽しみは文房具」18話が公開されました!

毎月5日のお楽しみですよ(?)。

「お楽しみは文房具」18話が公開されました。

【連載マンガ】お楽しみは文房具#18「子どものころ憧れた文房具!」
http://www.buntobi.com/articles/entry/series/manga/008854/

子どものころに欲しいな~って思って、親に誕生日プレゼントとして買ってもらった文房具の話です。

いや~、自分はまあ子どものころから文房具が好きではあったけど、そんなに熱心だった記憶が無くて(考えてみると、子どものころから熱心に文房具が好きな人という条件が厳しかったのかもしれない……周りにすごい人がいすぎて……)

文具王・高畑氏が「子どものころに初代テプラを欲しがって、大人にはへんなこどもだといわれてた」みたいなエピソードを話していて「さすが文具王はすごいな~、わたしそういうのないもんな」と思っていたんですが、そこまですごくはないもののわたしにも似たような経験があったのだなと……

父に言われるまで忘れておりましたよ。


ついでに、働いていたお店で頂いた問い合わせのはなしも漫画にしてみました。

これ文具本とかでも書いたことがあるから知ってる人もいるかも(笑)おいしいネタは味がなくなるまでしゃぶりつくす勢いで何度も話します!!!

ストリートビュー散歩15 シリコンバレー

シリコンバレーの家賃はすごーく高いんですって。

IT企業の本社とかが固まってて、そこにいきやすい場所はどんどん家賃が高くなっていって、庶民はおろかIT企業の人たちも住めないぐらい高いらしい。

ちょっとまえに「これで2億だよ」って小さめなおうちの写真が掲載されたツイートが話題になっているのを見た。わりと特徴のあるいい写真だったので、「これどの家かわかるんじゃないかな」とちょっと探してみたけどやっぱ見つからなかったね。熱意もそんなに無いからざっと見ただけだったし。そもそも本当にそれがシリコンバレーにあるのか定かじゃないし。

私がストリートビューで見たのはアメリカ合衆国のマウンテンビューという場所です。とりあえずサンフランシスコへ行って、海岸からちょっと東側。ゴールデンゲートをくぐってサンフランシスコ湾という縦長の湾を南に行った突き当りのへん。

海に近いところに、グーグルのアスレチック・レクリエーション施設があって、そこのストリートビューが下のような感じです。

人だ。グーグルカーならぬ、ぐーぐるさん。

個人で撮影しているグーグルの施設内360度画像もいろいろあるんですけど、これはgoogleの名前で登録されているストリートビュー。てくてく歩いています。影が伸びているので人間がカメラを背負って歩いてるんだな~とわかりますね。

ちょっと離れてサンノゼまで行くと、ジャパンタウンという地域があって、和食や日本の食材、雑貨を売っているお店などが固まっている場所もあります。

スーパーマーケット(?)にも浮世絵っぽいペイントが。これは本来の図案が見慣れたもの すぎて日本人的には違和感出ちゃいますが……まず左右逆なのがもうなんか。あと波というよりやまっぽくなってる気がする。まあいいけど。

 

ベストスシ OKAYAMA も気になる。OKAYAMAは地名か人名か。


ジャパンタウンにはwebサイトもある。

Japantown Business Association
https://www.japantownsanjose.org/

サンフランシスコとか西海岸は昔日本人がいっぱいたどり着いた場所なんだもんね。(まんが・大和和紀先生の「ヨコハマ物語」で読んだ(笑))お店なども古くからあるのね。

シリコンバレーがこんなに発展して、その前のマウンテンビューあたりはどんな様子だったんだろう。たぶん普通の、土地がたくさん使える田舎だったんじゃないかな……いまは航空写真で見ても家がぎっしりですね。しかも小さめの家がギュッと詰まった場所が多い。アメリカではちょっと珍しいのかも?いやいやまだあんまりアメリカのことしらんから適当なこと言っちゃってるな。単なるイメージです。

ほかの地域はラスベガスとかLAぐらいしか見ていないので、もっと別の古い街などもちょっと興味あります。

2019/02/04 ネットでの不思議な気持ち

最近、某SNSでタイムラインを眺めていると思うことがあるのです。

(わかりづらくて申し訳ないが個々の単語やシステムや状況の説明ははしょらせていただく、SNSを普段やってる人向けって感じの愚痴です)

「女性の投稿だとたいして特筆するようなことが無くても反応しているように見える男性」の存在が、確実にあって、気になって……

ただ、私は一応女性なので、深読みしすぎてそう見えてるだけかもしれない。だからもう少し冷静な気持ちで書き出してみる。


1.女性の書き込みは別に普通で「○○って〇なんだ~」みたいなひとりごと。

2.それを男性が、自分のフォロワーにわかるようにシェアして、その内容についても言及する。

3.とくにシェアするほどの内容には思えない、ごく普通の内容に思える??

4.言及についても、直接本人にリプライするだけでいいのに、なぜそうしないのか?


まあ4についてはわかるんですよ。その人と会話したいわけじゃなくて、自分もそれを見て同じような内容でつぶやきたくなったときとか、急につぶやくと前後がわからなくてほかの人に誤解されちゃうとか、リプを送るほどのことでもないというか。

でもそれだったら、男女に関係なく、男の呟きにも同じようなことをするはずなんだけど、どうもシェアされてくるのが女性の呟きばっかり。私にとってはたいして面白くもない、知らない人の呟きである。「この人好きだなあ」「おもしろいなあ」と思った女性のことはフォローしていて、その人たちの日常の呟きももちろん楽しんでいるのに、普段を知らない女性のフツーの呟きにこんなに興味がないなんて。自分にびっくりした。


あ~~~~

「これはなんだろう、おっさんがやりがちな女の子をかまいたいっていうイヤなのが目に見えてることへの嫌悪感か? 私のほうが面白いことを言ってる(w)のにこの人が私に興味を持ってないってことへの嫉妬か!?」

っていう考察をしようと思ったんですけど、上の文章書いてたらちょっと思い当ってきた。私が「男がシェアしてくる知らない女性の日常の気持ち」みたいなのを面白いと思えないのは「あたりまえ、ふつう、刺激なし」ってことなのかも。それは私が女だからなのかも。男の呟きを男がシェアしないのは「同じだからそれ以上言うことねえよ」とか「はいはいいまさら、わざわざ」って刺激がないからなのかも。異性の気持ちはやっぱちょっと「そうなの?」ってひっかかるというか、目新しいところがあって、それが「へえ~」ってシェアボタンを押させるきっかけになって、でも同性には「あたりまえじゃない?」って思えるのかも……


まあ少しわかってきたような気がしますが、なんかあんまりにも頻繁で、別に嫌いでもなく普段見えなければなんてこともないし、もしかしたらたまには見たいかもしれない他の女性の呟きが、男性のちょっとざわついた心の見える言及とともに流れてくると、その男性のほかの部分には興味があるからフォローを外さないかわりに知らない女性の呟きがこれ以上回ってこないように女性のアカウントをブロックしてしまいそうな気持になります。いまんとこしてない。あまりに不愉快な話だったらブロックするけど、そういうんじゃないからなあ。

2019/02/04 タイツ

タイツが好きなんですよ。というか生足を出したくないので、年中タイツなんですが……

なんでタイツを穿いているかという理由が、あんまりおしゃれじゃないので残念なのですが、私はお店で試着ってのがほとんどできないというか、したくないんですね。でもパンツって試着しないで買えないじゃないですか。裾の長さもそうだし、ウエストが入るかもわかんないし、足を入れた時のかたちが履いてみないとわかんないって言う。だからスカートしか買わないんです。ベルトも持ってないし。

去年は久しぶりに試着をして買いました。ジーパン。平日のスーパーは店員さんもお客さんもまばらだったので心置きなく、ささっと……

でも裾の直しをしてもらうのはさらにできないので、作ってある長さから選ぶんです。別におしゃれでジーパンをはくのではなく、アウトドア活動(と言っても運動するわけではないがスカートはイマイチってぐらいの活動)のための購入ですから、それで十分なわけです。2000円しないものを買うわけだし……


で、肝心のタイツの話ですが、おしゃれなタイツ穿きたいな~って思うんです。好きなのは真っ黒で透けないけどちょっと工夫があるもの。織りかたとかそういうところで模様がついてるとさりげなくて、ほかのものとも合わせやすくてうれしいです。でも気に入るものと気に入らないものがもちろんあります。気に入っても値段が高いと買えません。1000円は超えないでほしい……というか本音を言えば700円以上だともう候補から外れる。うちのタイツは300円のものが一番多い。

「わ~かわいいタイツ」っておもって値段を見ると1500円オーバーがいつものパターン。

かわいいタイツにならそれぐらいお金を出してもいいんじゃないかって思うけど、あまりにも消耗品過ぎて躊躇してしまう。

毛玉ができる。破ける・穴が開く。けば立ってくる。

まあ洋服のメンテナンスをできないにんげんなので、タイツに限らず何でもかんでも「安いからいいか……」ってあきらめることによって、傷んだときに捨てやすくしているわけです。傷まないように大事に使うとかそういう手間はかけられない。

しかし靴下だってあんなに穴空かないですよってぐらい穴が開いてしまう。

靴もヒールがあるとやっぱりつま先に負担がかかるんだよね。あと靴の中で足がずれがちだと、足の裏の部分がすり減って穴が開いてしまう。


まあお気に入りのものは、毛玉が見えるところにたくさんできてるとかでなければ、穴が開いても「今日は靴を脱がないはずだ」って言うお出かけの時に使っていますよ。たまにどれがどれだったか忘れて「穴が!!!空いている!!!」ってなるときもある……けど……


タイツ、最近はセールとかワゴンももちろん見るけど、何気にリサイクルショップをチェックするようにしています。

リサイクルショップは古着とか古バッグが中心なんですけど、タイツやストッキングも普段1000円以上のものが300円とかで売ってるときがあるんですよ。もちろん中身は新品で、誰かが履いた後のものではないですよ。売れ残り、倒産引き上げ品、パッケージ破れ・型落ちなどだと思われます。

500円のが100円で買えてもそんなにいいタイツじゃなかったりするんですが、さすがに1000円越えのタイツやストッキングは半額ぐらいになってたら買いかなあと(もちろんデザインが気にいったものに限る)。

たまに立ち寄って、ストッキング・タイツコーナーに掘り出し物が無いかな~と探しています。

 

2019/01/31 わりといい出だしの1か月だったと思う

いやあ、、もう1月も終わりです

2月になったらぐんぐん春になるんでしょうね。なんかなんでか知らないけど2月にもう春を感じる私です。昔、長野から京都に移り住んだとき、「2月はすごく寒いから、まだまだこれから本格的な寒さがくるんだ」と京都の冬におびえていたのですが、結局のところ本当の寒さなどはやってこずに、春になってしまったのです……京都の冬は寒いと言いますが、そして確かに寒いのですが、長野に比べれば全然寒くなかった。ということで寒さには割合甘いのですよ。


今年も「1年間でこれをやりたいな~」みたいな目標をいくつか年初に立てました。

1か月たったので、12分の1が終わったわけですが、正直1月のやる気が今年の後半まで持つわけじゃないので、初めにどれだけダッシュできるかにかかっている気がします。後になってきて「全然やってないな」って思うと、もう取り返せなかったりして、一気にやる気を失ってしまう性格です。「あ これ今年の間にどんなに頑張っても天井見えたな」みたいに思ってしまうと、伸ばさなくなりがちというか……

だから「これは目標を超えてそのずっと先までいくんじゃね?」と思えるような進捗が一番いいわけですよ。


■新しいことに挑戦する

これは7つやりました。行ったことのない場所に行ったり、やったことのないことをやってみたり。1週間に1個以上ってことになりますし、なかなかいいペースです。

でも100個やりたいって思ってるので、週に2,3回やったなってときももっとないと厳しいですね。

■映画、本、アニメ

映画3本・本25冊、アニメ10本です。

ちょっとのんびりペース。去年よりはいいか。


■ここの日記ももっと増やしたい。

今回で18本目、前回までで17本・15993文字ってところです。

文字数は別に目安というか、たくさんにしたいと思っているわけではなくて、でも面白そうなのでひとまず記録しています。文字数増やすのに一所懸命になるとあんまりいいことありませんからね……


2月も頑張ります。っていうか1月の残り時間も頑張ります!

2019/01/29 映画 野火を観ながら思い出してたこと

前回映画を見たことについて書きました。

映画「野火」を観た – 藤村阿智の日記 ひぐらし BlackStrawberry_net
https://www.blackstrawberry.net/yoshida/?p=514

で、ぼーっと考えてたのですが、私の祖父もフィリピンに行ってたって聞いたことがあるなあ……と。

それも思って、感想の方に

個人的には、ここまで地獄のような世界を味わってる主人公が、このまま生きて帰って高度成長を支える普通の人間として生きているところが見られたとしたら一番ぞっとするというか、……実際にそうだったわけで、途中でそのことを考えていたわけですね。

と書いたのですが。

おじいちゃんフィリピンで何を見たんだろう。何があったのかな。どういう気持ちでその後の人生を過ごしていたのだろう。

その辺を語る語らない時は個人の気持ちを尊重したいし、思い出したくないという人もたくさんいるし、勝手に想像してもいかんと思うのですよ。(特に具体的な個人の体験を想像して「こうだったんじゃないかな」とかよくないよね)


事実としては、第二次世界大戦の「フィリピンの戦い」では53万以上の日本側の人間が現地に行き(現地におり)、約43万人が戦死したと。

フィリピンの戦い (1944-1945年) – Wikipedia

私の祖父はルソン島にいたというような話を聞いたことがある。何分小さい頃にちょっと聞いたことで、うーん、昔は「また戦争の話か~」って思った気もするけど、そんなに聞いた割りには何にも覚えていないな。

昔の話でしょ?って当時は思ったけど、80年代とかだとまだ終戦から35年~しか経ってなかったんだなって。いまから35年前のこと、まあ昔だけどわりと身近に考えられるから……そんなに昔話じゃなかったんだなって。いまさら思ったり。

ルソン島の戦い – Wikipedia

ルソン島だったとすると、25万人行って21万7千人亡くなったみたいだ。本当にそんなところから帰ってきたんだろうか。なんかすごいことのような気がする。他の島でも大体そんな感じの、敵も味方も、そこに暮らしていた人たちもたいへんな損害があったみたいだ……数は関係ないと思ってもやっぱり圧倒されてしまう。

今までちゃんと調べたことなかったから、映画を見たことは良かったのかもしれないな。祖父はもうずっと前に亡くなっていて、いまや話を聞くこともないわけですが、そんな場所から帰ってきた20代後半の青年がそのあと家庭を持って、わたしにもとっても優しくしてくれてたんだ……と思うんですよね。よく一緒に山仕事や畑仕事に行ったんだ。そういう時にも話してくれていたかもしれない。

フィリピンの島にそんなに詳しくない私が「ルソン島」って名前を昔から憶えていたんだからきっとその名前を祖父から聞いたのだろう。


で、祖父が話したフィリピン・戦争の話で覚えているものと言えば、

■いもは戦争の時にさんざん食べたのでもう食べたくない。
(畑で作っていたけど、さつまいもは食べてなかった)

■おじいちゃんは「戦争が終わった~!」っていって、フィリピンから海を泳いで日本に帰ってきたんだ。すごいだろう
(今考えれば無理だと思うが子どものころは「じいちゃんすごい!!」と信じていた)

……こんな話だけなのです……

映画「野火」を観た

映画「野火」を見ました。1959年の市川崑監督の方じゃなくて、2014年の塚本晋也監督のほう。

なんで急に見たかって言ったら

・たまたま読んでた映画評ブログで「みんな見たほうがいいよ」と言われていたので思い出した(もともと、以前劇場で公開されてた時に見たいと思っていた)

・amazonprimeとかで見られるかな?と検索したら見られるようだ(prime会員なので対象商品は0円で鑑賞できる)

・時間も90分ないということで、長すぎないので(時間的な意味で)気軽に見られそう

という3つが重なりまして。さっそく再生したわけですよ。

一応最初に言っておくと、残酷描写(映像)がだめなひとには全くおすすめしません。戦争のことを知っておきたいという話だったらこれじゃないのをいくらでも見ればいいと思うのと、原作を読んだらいいんじゃないかな……

【以下感想、多少のネタバレありよ】


感想としてはあんまり良くなかった。気がする。

なんか戦争ものってずるいね、単純に作品として「面白くない」「好きじゃない」って言っても、実際にあったできことを切り取っているわけで、その悲劇についての感想みたいになってしまって批判するのに気が引ける。

まあいろんな角度から戦争を切り取っていいと思うので、残酷でこんなにも人間がモノみたいに破壊されて転がりますよ。という内容でもいいと思うんですよ。でも何と言うか、それが過剰すぎて、ちょっと「見せたいのは残酷さや悲惨さじゃなくて、破壊されたもの(ころがった人間)そのものじゃないのかな?」って言う疑いがわいてきちゃうんですよね。「悲劇だ……」という悲しみから反動で戻ってきちゃって「なんか死んでも転がってもこの場じゃしょうがないな、まあこうなるもんなんだな~」とその状況に慣れてきちゃうというか。(その「麻痺して残酷になってしまう」観客の心の動きまでが作品だと考えると効果はあったのかもしれない。)

個人的には、ここまで地獄のような世界を味わってる主人公が、このまま生きて帰って高度成長を支える普通の人間として生きているところが見られたとしたら一番ぞっとするというか、……実際にそうだったわけで、途中でそのことを考えていたわけですね。こういうのを潜り抜けても、生き残ったからには、その思い出はありつつもきっと生きていくんだろうと。戦争に一般市民が行くというのはそういう、地獄の記憶を抱えても普通の生活をしていかなくてはいけないという悲劇があるんだろうなあと改めて考えていて、もしかしたらこの映画は最後にそういう描写があるのかもしれない。と思ったのです。そうしたら観客は、残酷なことに慣れてしまった状態から心を取り戻して、悲劇に気が付くのかもしれないと。

結果としてはありました。ただちょっと弱かった。主人公の職業が物書きだったから、部屋に閉じこもって苦悩している感じが描かれていたけど、あの戦場から平穏な、安全な世界に戻ってきて、改めて地獄の様子に思いをはせているという感じ……がなかったとは言わないけどちょっと弱かったかなと。


映画を見たら、面白かった★気に入った★というときは人の感想を見ないか★5つの感想だけ読むかして、疑問が残ったりもやもやする時は★5つと★1つを見て、人の意見や提供される情報によって考え方の補間をしています。

今回は★5つと1つを両方見ました。

まあ1つの人にわりと同感かな……音が小さい、声が聞こえないって★1つにしてる人のレビューは除く。私自身は気にならなかったし、なんかあんまりセリフ関係ないって言うか。あーでも、「国に生き別れてたけど最近再開した息子(本当にそんな人間がいるかはあやしい)を置いてきたんだというおやじ」と、「俺は妾の子なんだということを気にしている寂しがりの若もの」の会話は聞こえてるほうがストーリーに味わいが出るかもな。

「ジャングルなのにたべものがないとかリアリティがなくておかしい。草でも虫でも食べれば?」ってレビューにはさすがにコメントでツッコミが入っていた……映画内でも虫を食べたり、おなかを壊すから飲み込めないけどもぐもぐするだけのゆでた草とか出てきたよね。最初の方でイモを生で食べて腹壊してたし。人間が生で食えるものってそんなに多くないんですよね……確実に、即効性の毒がない食べ物って肉ぐらいしかないという……草は知識がないと危ない……


とにかく映画を見たことで原作を読みたいと思いましたので、原作の電子書籍を買う予定です。