2018/8/29 矛盾と言うかどっちもあってどっちも、どっちも

とくに「選択すること」に関わってくるのかもしれない。いやそうでもないのかもしれない。

いくら考えても、簡単に考えたって2つの意見が脳内で出て、議論してみるけど平行線で、交わることはなく、それぞれにどっちかないしどっちでもないんだから、と思うと結論「考えてもムダ」にはなるんだけど、本当にそうなのかは考えてみなければわからない上に「本当にそうなのか」がわかるわけでもない。という無限ループにはまり込んでしまう。

いまそんなようなことをぐるぐる考えている。

私の中に二人出てきて、

・私はそうじゃない。

・でもそうじゃないかと突っ込まれる。

・結果的にそうだけど、そうじゃないことも認めている。

・認めていたって結局そうなんだから、そうじゃないものを否定しているのだろう。

・いやそうじゃないのもそうだと……(以下ぐるぐる)

そんな感じ?


わかりにくいので具体的な例を出す。これについて考えているわけじゃないけど同じループになりそうだから。

・好きな人ってのは結局顔じゃないよ。

・でもあなたは美しい人のことを好きで、一緒にいるじゃないか。

・美しかったからではないよ。

・じゃあ最初から美しくない顔だったらどうだったか。

・最後は結局顔だけじゃなかったんだよ

・美しい人を選んでそばに置いてるんだから顔もやはり重要じゃないか。

・いや、(以下ぐるぐる)


なにか選択して所持しているもののことや、すでに置かれた立場があって物事を語るとき、本来なら大きく一般的な話として語りたいことも、

「あなたはそういう意見を言うが、あなたの持っている/選んだそれはなんだ」

と個人の話に持っていくとややこしくなるし、しかし完全に切り離せるものでもないということ。

持ってない/選んでない人しか語れないのもおかしいと思うんだけど、思考した時にツッコミ担当のわたしが「お前がそれ言う? 恵まれてるじゃん」みたいに抑えつけてきて、なかなか考えがまとまらないのである。

2018/8/27 夏も終わる気持ち

気が付けば八月が終了しようとしています。

毎年忙しい八月。今年もそこそこ忙しかったし、長引いた体調不良のためちょっとしんどかったね。

夏も終わるんだなあ……となんでか今年はしみじみしています。

そうか平成最後の夏ってやつか。不思議な感じだな、昭和の時は子どもだったこともあって、いつ昭和が終わるとか元号が変わるもんだとかそもそも天皇の存在とかも意識してなかった気がするもんな。

いまの30代前半ぐらいからは、「生まれは昭和だけど昭和の記憶ないわ~」って人が多いんだろう。あと、「昭和の懐かしいもの」と言われているのが実は平成だってのもけっこうあるんだよね。懐かしい=昭和、みたいな扱いをされているというか。

わたしの記憶では、平成と言う元号も馴染むまでは元号感(?)ないっていうか、なんか軽いというかあたらしいというか……ぴっかぴかでエイジングされてないせいでまがい物に見えちゃうあれ?

まあいまだに平成にちょっと「元号感ないなあ」みたいな気がしてしまっていますが。次の元号にさらなる優しさみたいなのが盛り込まれないことを願います……

「新しい元号は……友愛!」みたいな。ああ~ありそう。「絆」とか。絆元年。オオオ……「今年の漢字」っぽくなってしまうぞ

でもきっと今までの元号にも込められた意味みたいのあるんだろうね。

わりと簡単な漢字でつけられてる気がするから、第一水準の字から選ぶとかそういうのあるのかな。

ひと中心に行こう、「人央」とか……って思ったけど央人さんって名前の人は結構いるのね。


あー、夏の終わりを感じるってのは、まだまだ夏だからって夏用の服やグッズを買おうと思ってお店を見るともう秋の準備をしていて、そういえばこれから暑さに備えるということは無いんだ、じゃあ暑さは・夏は終わるんだなあとしみじみ思ったからなのでした。