2019/9/20 読書

読書の秋……

とかあんまり考えたことないなあ。年中なんかしらよんでるから季節はあんまり。
いろいろやりたいことが増えたりして、読書の時間は相対的に減っている気がする。まあしょうがないね、やりたいことを優先していろいろやろう。いろいろできていればそれでいいや、読書がしたいときは読書が増えるんだろうしね。


っと、ここで読んだ本を紹介したりしたらいいんだけど、今回はやめておこう。ノンフィクションだと紹介しづらいな~って気持ちになったりする。事件や事故のノンフィクションをよく読むけど、結局のところそういった「自分に関係ない事件」のことを詳しく知りたいって気持ちに、やじうま根性以外の理由を自分の中に見つけられないから。

世界で起きている困難や悲しい出来事について、知っておきたいと知識を増やしてみてはいるが、ほんとうに知るだけしかしておらず、これでいいのか?と自分としてはもやもやしている。しかし何か行動を起こすには自分はちっぽけすぎるし、片隅の出来事しか知れていない実感もあるし、なにもできる気がしない。

発信する人は「知りたいと思ってくれるだけでいい、まずは知ってほしい」とみなさんくちをそろえて言う。本当にそうだろうか、それにあまえていいんだろうか。どうにも後ろめたい気持ちがぬぐえないままでいる。


今回読んだ本はとある事件について、犯人はどうしてその事件を起こしてしまったのか、またその周囲は事件に対してどのように動いたかというルポルタージュ。

いい感じに「ルポルタージュ」だった本編のほとんどは良かったんだけど、最後の総括部分で著者の妄想が入ってきちゃったのがちょっと残念。推測とか解説とかは良いんだけど、もう少し飛び越えた表現で「想像したシーンを書いちゃった」ように読めた。

具体的には、著者が犯罪の起きた土地へ取材に行き、犯人が過ごしたであろう場所をめぐるんだけど、その中で見つけたとある場所と状況を「ここは犯人も来たに違いない、供述の中に言及はないが、それだけ大事な秘密の場所だったのかもしれない」と語り始めたところ。

もう少し「これは想像に過ぎないが!」という強調がされていればもやもやしなかったかな? そりゃ読んでる方も「妄想だな」と読み取れるけど、中には「そうだったのか~」って真に受ける読者もいそうじゃないか。

個人的には事実に基づいた推理はあっていいと思うけど、足跡もないのに「ここを訪れたはず」って話はやりすぎだなあと。


おなじ事件の別の方の解釈や報告も見てみたいと思いました。ただ、ルポとかノンフィクションは電子書籍になりにくいのかなあ……読みたいと思った本が紙本しかないものばっかりだ。電子書籍でほしい!