イベント「資料性博覧会 大阪01」に委託参加します!

9月22日、大阪まんだらけグランドカオス4階にて開催される

「資料性博覧会 大阪01」に委託参加します!

まんだらけ | 資料性博覧会・大阪01
http://mandarake.co.jp/information/event/siryosei_expo/index.html

サークル名はいつも通り「メルプのお部屋」で。

こんな感じのラインナップ、3種類で参加します。

「文房具Vol.17」の中身はこんな感じ。

見本誌も提出しているので、その場で中身を確認することもできます。

他のサークルさんも資料系・評論系の同人誌を委託されてると思いますので、ちょっとマニアックな本を読みたいな~という方はぜひに! 行った方がいいですよ。

さらに、いままでイベントで提出された見本誌1000冊近くも閲覧できるとのこと……大変なことです……

いや、見本誌読書会はありますけどね、資料・評論系だけでそれだけの規模ってのはなかなか無いと思いますので。

また、通販以外で大阪で本を頒布すること、最近なかったのでそういう意味でもよろしくお願いしますよ。なかなか関西方面への出張もできないもんで……久々です!

2018/9/19 いつのまにか今月も後半に……

いつのまにか19日ですか……まだ前半でいてほしいようなきもちです。

9月19日にはとくに何にもないんですが、一時期手帳には毎年

「ますえさんの旦那さんの誕生日」とメモられてました。

ますえさんというのは高校の時の国語の先生です。
まじめで、結構年配(とあの頃は思っていたが)の先生で、まじめだけどニコニコしていたので愛されキャラというか。

雑談もたまにはしながら、楽しく授業を進めてくれる先生だったんですが、その話題の中でいつだったか「19日はうちのだんなの誕生日で~」という話があったんでしょうね。私は人の誕生日マニアだったことがあって、聞きだしたりはしないんですが偶然知れた誕生日は、有名人から一般人までみんなメモってたことがあるんですよ。

で、手帳や日記帳を次の年のものに変えるとき、去年の手帳から誕生日メモも書き写していた。

そんな中で覚えてしまったのが「ますえさんの旦那さんの誕生日」なのである。


子どものころ出会った人たち、いまは何をしてるのかなってたまに考える。

あの頃もう60ぐらいだったから今は……ってことも結構あるけどね。

ご近所の人などでも「私に優しくしてくれて、会話も覚えているおばあちゃんはもうなくなったんだ」ってことあるし……


それはそれとして、誰かのことを思い出したり考えるのは自分にとってもいいことだと思うのです。

2018/9/14 長く生きること

私もだいぶ長く生きてきて、それを一番感じるのは

「私ほど生きた人と、まだ半分ぐらいしか生きてない人では見てきているものの量に差がでてるな」

というところ。

あたりまえのことなのに、わりと忘れてるんじゃないか?
意識して思い出すようにしたほうがいい。

物理的に……っていうとちょっと違和感あるけど、まあ時間がそれだけあったので、見たもの・知っているもののボリュームにも差があるということ。

30歳と30歳でもヒトによって知識に差はあるし、読んだ本の冊数も違うし、得た給料もちがう。でもそういうことじゃなくて、時間がたつことで自然と蓄積される経験とかそういうの。努力に関係ないやつ。


なんでそんなことを突然言い始めたかと言えば、何度も繰り返された話題で、ここ最近もよく目にする話題で

「女性差別とかいやがらせ、性的なものへの嫌悪は(それらに関係なさそうな)おばさんばかり。当事者と思われる若い女性はそんなことを気にしていない」

ってやつ。

まあ一見してわかる人には「そりゃ若いころは気づいてないだけだろ」とツッコミを入れる内容だと思うのですが、根強く繰り返されるので、感覚的にわかんないんだろうなあと。実際自分も、若いころは「私そういうのきにしないんでww」みたいな態度だったな。はしたない恰好をしているとか指摘されても「はあ、別にあんたに関係ないじゃん。私は平気なんで」みたいに思ってたけど、なんかそういう単純なことじゃなかったんだな……と。本人が平気だからいいとかそういう話じゃなかったのかもしれない。


その中で、

「中高年の女性は性表現への嫌悪がある。若い女性は嫌悪が少ない」

ってのもあったんだけど、これは難しいし、年を取ると嫌悪が増えるのわかるよ。

いままで生きてきていろいろ見てきましたよ。そうするといろんなものがあるな、その中には好きじゃない・見たくないものもあったな。と思い出しますよね。

「性表現に嫌悪しますか?」

と聞かれた時に、もやもや~んといろんな表現を思い出すとするでしょう。苦手な描写とか、怒りを覚えるほどのものとか、特殊なのとか暴力的なのとか、はたまた好きなものとかいろいろ思い浮かぶでしょう。

それによって自分の意見を言うと思うんだけど。

年齢が若い人はその分触れてるものも少ないと思うんだよね。だからもや~んと

「性表現……みたことある青年向け週刊誌のグラビア、胸のおおきな女のひとのそればっかり強調してたな。でもまあはだかじゃないしいっか」

ぐらいのものしか思いつかなくても「別に気にならないです」ていうかもしれないじゃないですか。ちかんにもあったことないし、嫌がらせに気づいたこともないし。私は平気です。ってだけかもしれない。

年を取るというのはそういう悪意の思い出も蓄積していくということなんじゃないかと……


だから本当だったら、「表現にはこういうのがあり、すべて自由です。どう思いますか」と具体的に見せて全員で前提を共有してってのが一番なんだろうね、まあぜんぜん実現しない話で実現させる必要のない話だけど。だからその辺も折りこんで考える必要があると思っているのです。

2018/9/10 新曲動画UPしてます

新しく作った曲つき動画をUPしてます。

SHIRATAMA好きの私が、SHIRATAMAへの思いを曲にのせました。

映像ももちろんSHIRATAMAがうごいたり増えたりと、私のすきなやつです。

私も「SHIRATAMA~!」と叫んで(?)ます。2分弱なんでお気軽に聞いてください。何度でも聞いてください。

2018/9/7 「文具のとびら」連載の漫画最新作が公開されました!

連載しているweb漫画

「お楽しみは文房具」最新の第13回が5日にUPされています!

http://www.buntobi.com/articles/category/series/manga/

鉄道文具をね。ちょこちょこ持ってるんですよ。なんでもかんでも買ってるわけじゃなくて、結構厳選しているつもりだけど集まってしまった。ホッチキスに関してはその存在感ゆえ、見かけると買ってしまう。

今回のお気に入りは冒頭のこの顔。いい感じに描けたと思ってます!!

ぜひ本編をご覧ください!


 

 

2018/9/6 何もやれてない感がすごい

体調を崩したのが6月末、その後全然調子が戻らなくて

(一番ひどい時は終わったけど、良くもないって感じで)

気づけばもう9月ですよ。


普段、自分のやる気を起こすために自分の記録を付けていて、やったことが増えると喜ばしいことだと「やったことメモ」を付けていて、ちょっと気を付けないとできないことやサボりがちなこと、コシが重いあれこれをやったらメモしてその数を単純に数えてニマニマして、ニマニマするためにちょっと意識して頑張る。

というのをやっているわけですが、7月などは具合が悪かったので記録をやめてたんですよ。正しくは記録はしてたけど、頑張らないというか、記録が悪くても体調の回復を優先させていたというか。

でもそのままあまり快調にならなくて、普段の活動に戻せず、休みながらなんとかやっていたらいまだに活動が滞っているというか、記録がついてない感じになってしまっています。

どうせ大した数やってない。やってないことの可視化が行われる「記録」は、逆にモチベーションを下げてしまうし、だからと言って頑張る体力や体調が無いというか。どんどん落ち込んでしまうんですね。


しかし、今度は記録がついてないせいで落ち込み始めた。自分のかたちが見えてこないというか、足跡が無いというか、なんにもやってないし、お金も入ってこないし、お金が入ってこないのはなんもやってないからか……なんもやってないな……って感じ?

なので9月からはまたリセットした気持ちで「9月からはじめよう」って勢いを作って、いろいろやっていこうと思います。

気持ちのリセットと記録の穴埋めはできてきたので、あとは体調ね。ここでまた体調崩して「頑張ってる場合じゃない、休まなくちゃ」ってなるとダメなんですよ。この2か月はそれを繰り返してしまったのですよ……一進一退ってやつです。


ここの日記以外でも、pixivFANBOXのほうも更新していますのでよかったらご覧ください。ご支援の月額300円以上で読める限定記事も定期的に更新していますよ。

下記の記事は全体公開なので誰でもご覧いただけます。

残りの4か月がんばるぞ~|藤村阿智|pixivFANBOX
https://www.pixiv.net/fanbox/creator/639483/post/145312

作ったものなどもどしどし紹介していくのでお楽しみに~です。

2018/8/29 矛盾と言うかどっちもあってどっちも、どっちも

とくに「選択すること」に関わってくるのかもしれない。いやそうでもないのかもしれない。

いくら考えても、簡単に考えたって2つの意見が脳内で出て、議論してみるけど平行線で、交わることはなく、それぞれにどっちかないしどっちでもないんだから、と思うと結論「考えてもムダ」にはなるんだけど、本当にそうなのかは考えてみなければわからない上に「本当にそうなのか」がわかるわけでもない。という無限ループにはまり込んでしまう。

いまそんなようなことをぐるぐる考えている。

私の中に二人出てきて、

・私はそうじゃない。

・でもそうじゃないかと突っ込まれる。

・結果的にそうだけど、そうじゃないことも認めている。

・認めていたって結局そうなんだから、そうじゃないものを否定しているのだろう。

・いやそうじゃないのもそうだと……(以下ぐるぐる)

そんな感じ?


わかりにくいので具体的な例を出す。これについて考えているわけじゃないけど同じループになりそうだから。

・好きな人ってのは結局顔じゃないよ。

・でもあなたは美しい人のことを好きで、一緒にいるじゃないか。

・美しかったからではないよ。

・じゃあ最初から美しくない顔だったらどうだったか。

・最後は結局顔だけじゃなかったんだよ

・美しい人を選んでそばに置いてるんだから顔もやはり重要じゃないか。

・いや、(以下ぐるぐる)


なにか選択して所持しているもののことや、すでに置かれた立場があって物事を語るとき、本来なら大きく一般的な話として語りたいことも、

「あなたはそういう意見を言うが、あなたの持っている/選んだそれはなんだ」

と個人の話に持っていくとややこしくなるし、しかし完全に切り離せるものでもないということ。

持ってない/選んでない人しか語れないのもおかしいと思うんだけど、思考した時にツッコミ担当のわたしが「お前がそれ言う? 恵まれてるじゃん」みたいに抑えつけてきて、なかなか考えがまとまらないのである。

2018/8/27 夏も終わる気持ち

気が付けば八月が終了しようとしています。

毎年忙しい八月。今年もそこそこ忙しかったし、長引いた体調不良のためちょっとしんどかったね。

夏も終わるんだなあ……となんでか今年はしみじみしています。

そうか平成最後の夏ってやつか。不思議な感じだな、昭和の時は子どもだったこともあって、いつ昭和が終わるとか元号が変わるもんだとかそもそも天皇の存在とかも意識してなかった気がするもんな。

いまの30代前半ぐらいからは、「生まれは昭和だけど昭和の記憶ないわ~」って人が多いんだろう。あと、「昭和の懐かしいもの」と言われているのが実は平成だってのもけっこうあるんだよね。懐かしい=昭和、みたいな扱いをされているというか。

わたしの記憶では、平成と言う元号も馴染むまでは元号感(?)ないっていうか、なんか軽いというかあたらしいというか……ぴっかぴかでエイジングされてないせいでまがい物に見えちゃうあれ?

まあいまだに平成にちょっと「元号感ないなあ」みたいな気がしてしまっていますが。次の元号にさらなる優しさみたいなのが盛り込まれないことを願います……

「新しい元号は……友愛!」みたいな。ああ~ありそう。「絆」とか。絆元年。オオオ……「今年の漢字」っぽくなってしまうぞ

でもきっと今までの元号にも込められた意味みたいのあるんだろうね。

わりと簡単な漢字でつけられてる気がするから、第一水準の字から選ぶとかそういうのあるのかな。

ひと中心に行こう、「人央」とか……って思ったけど央人さんって名前の人は結構いるのね。


あー、夏の終わりを感じるってのは、まだまだ夏だからって夏用の服やグッズを買おうと思ってお店を見るともう秋の準備をしていて、そういえばこれから暑さに備えるということは無いんだ、じゃあ暑さは・夏は終わるんだなあとしみじみ思ったからなのでした。

2018/8/22 更新するやる気が欲しい

夏バテなのか、イベント続きがひと段落した気の抜けなのか、なかなか完治しない体調のせいなのか、なんだかやる気を失っているこの頃です。

多分要因はそれぞれがじわっと効いてきてるんだと思います。つまり全部。

まあ小品を作りためたり、仕事したり、こまごまとなんかやってればいつか積もってるでしょ……

更新もまたしたいです。コミケ参加までは更新してたけど、コミティア情報をトップに載せてないし、新刊情報も更新できてないし。

前に書いたように、日記がwordpress方式になってからFTPソフトやエディタを立ち上げなくなっちゃって、日記以外を更新するのが億劫な感じです。

だからと言って全部wordpressにするのはいまいち。

しかし、私のwebsiteは古いので、あちこちで「古い記述のwebsiteは害悪」的な話を見かけてしまい落ち込んでいます。あーじゃあもう作らないほうがいいのかな……って。私のアーカイブを全部クリアにしちゃえばいいんですけどそこまで割り切れない。


先日、「日本はなんで戦争することにしたのか」という解説で、人間は選択するときにこういう考えに陥りがちだと例にだされていた

・すぐ金をだせば3000円の損害

・勝てば3000円払わなくても済むかもしれない(負ければ3000円じゃすまないし実際はコストがかかるよ)

というとき戦う方を選んじゃうと。(例文・金額はうろ覚えです)

まあ戦うんじゃなくても、病気とかでも同じですよね。

「今病院に行くと何かあった場合早期発見で治るけど何もないかもしれないし、診察料がかかり最悪数週間の入院と手術がいるかも」

「病院に行かないと体調は悪いが今までの生活は一応続く、ただし寿命は縮まり悪化したら高額の治療費がかかり最悪しぬ」

ってなってもなかなか「病院へ行こう」って決断できないんだよねえ。

ワンチャン病院に行かなくても何とかなるかもって思っちゃうというか。


ワンチャンって言葉使ってみた。

なんか大体こんな感じで「それ、ワンチャンってなくてもよくね?」みたいなところに枕詞のようについているw

2018/8/15 この頃

この頃。

夏コミも終了しまして、次は今週末のコミティアです。

スペースはT18b。夏コミ新刊と、コミティア初売りのハト本を売ろうと思ってます。


今日は終戦の日ということでね。

そんな日に目にしたのが「戦争を繰り返すなとかいうけど、じゃあどうしたらいいのかとか、そもそもなんで戦争が始まっちゃうのかとかよくわからない」という話。私もそれは思っていた……戦争の話となると、市民がどれだけ悲惨な思いをしたか、もうこんな思いはしたくないしさせたくない、だから戦争をしないでくれという話になるけど、どうしたらいいのかなと。

誰かが始めたもんでもないみたいで、だから誰かに「始めるな」って言えるものでもなく、みんなで「したくないね~」って気分を共有して「する空気じゃないな」ってのを作っていくぐらいしかないのかね。

そもそもどこからを戦争というのかもいまいち。まあ宣戦布告とか開戦宣言とかあるんだからそれ以降ということになるだろうけど、じゃあその前の日は戦争状態じゃなかったかと言えばいい切れないだろうし。


昨日も特攻隊の話をNHKでやっていて、確かに飛行機で自ら突っ込んでいった少年中心の兵隊さんはかわいそうだし悲劇なんだけど、そうならないためには何ができたのかなって。

「死にたくないので行きません」って言ったってねえ、周りの空気によってはその場で「つかえねえ、じゃあ死ね」ってなったかもしれないし、周りだって「おかしいよ」って意見して「なんだこいつ」とリンチを受けて死ぬぐらいだったら自分の命のためにくちをつぐんで言うとおりにして「自分が死にませんように」ってじわじわ命を伸ばすことしかできないかもしれないし。

だれかが必ずしななくちゃいけないなら、自分じゃなくてほかのだれかでありますようにと願ってしまうのが戦争なのかもね。そこで率先して「ほかのだれかじゃなくて自分が行く」となると早死にしてしまうだけだし……


どうすればいいか、のひとつの答えとして加川良さんの「教訓1」はいいかもしれない。

http://www.kasi-time.com/item-13538.html

(検索していたら詞は元になったものとして上野瞭さんの作品があるようだ)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E9%87%8E%E7%9E%AD

 

とにかく、お国にあなたのいのちをかけることはないから、バカにされてもいいから逃げて生きなさいという歌です。

目の前に突き付けられたら逃げる。最後の手段かもしれないけど覚えておきたいと思う。私はたぶん最後まで「何もしなくてもなんとかなるんじゃないかな?」って思っちゃうタイプだと思うけど……