【漫画の感想】フイチン再見!10巻(村上もとか)完結

以前描いたまんがや本の感想です。

今回の記事の初出はこちら~
http://honyonda.seesaa.net/article/452735322.html
http://honyonda.seesaa.net/article/413881232.html


【1巻】

フイチン再見! 1 (ビッグコミックス)
フイチン再見! 1 (ビッグコミックス)

とっくに書いたと思ってたのに、まだ感想書いてなかった。
いま、4巻発売をきっかけに再読中です。

女流漫画家・上田としこさんの人生を描いたマンガ。すごい。
上田としこさんといえば、私には「フイチンさん」でおなじみのひと。
母が「フイチンさん」が大好きで、復刻版を購入して、私も読みました。
その後大人になってから、アニメビデオが発売されたことを知って、それを制作会社から通販で購入して、母と一緒に見ました。
でもそういうきっかけがなかったら、私の世代には上田としこ先生は、まったく身近じゃない作家かもしれない。
上田トシコ – Wikipedia

長生きなさって、2008年に90歳でなくなったときはニュースで聞いて亡くなってしまったことに驚きました。
いつまでもフイチンさんみたくお元気でいらっしゃるような気がして。

この「フイチン再見!」は、そんな上田としこ先生の生涯を描くマンガになると思います。
もちろん、作品以外の先生についての情報はほとんどなかったので、こうやってマンガで読めることはすごいことだと思ってます。

以下マンガの感想。

フイチン再見! 1 (ビッグコミックス)
フイチン再見! 1 (ビッグコミックス)

1巻は、第一話で上田としこ先生が漫画家として活躍されているシーンから。
もう第一線の人気作家として、多忙な毎日を過ごされ、一緒に住む家族たちの生活を支えています。
そこに、なくなったはずの父親の幻が現れる。会話しているうちに、思い出されるのは幼い日から今日までのこと……

ハルピンでの生活が描かれる1巻。私、そういえばハルピンのことなにもしらないな。だから、西洋のような町並みがあったということ、そこに日本人、中国人、ロシア人、ユダヤ人とさまざまな人が住んでいたこと。なにもかも興味深いです。日本人で、お嬢様である「としこ」も、楽しみも悩みもあるのです。

1巻の後半では東京へ戻ってくる。学校は日本の学校へ通うため。兄の友人からの紹介で、イラストレーターで漫画家の松本かつぢ先生の弟子になったものの、先生はなにも教えてくれないで、もって行く絵やマンガにマルバツをつけるだけ。
それも6ヶ月続けていたら、先生からイラストの仕事をいただく。

周りの女学生は、どんなお相手のところへ嫁ぐのか・どういうお嫁さんになるのかを考えているのに、としこはひとり自立するためにマンガの道を目指す。

【2巻】

フイチン再見! 2 (ビッグコミックス)
フイチン再見! 2 (ビッグコミックス)

2巻。先生の紹介もあって、新聞に連載を始める。
父の反対も押し切って、マンガをもっと上手に書けるように、東京で絵の練習を続ける。
日本は戦争の時代に。絵を描く、マンガを描く、それももしかしたら危ういかもしれない時代。
友人の紹介で出会った近藤日出造氏には、「お嬢さんすぎて世間離れしているから、漫画家に向いていない」といわれてしまう。
働いてもっと世間を知ったほうがいい。とのアドバイスを受け、仕事を探すものの、女性の給料はとしこが父から送ってもらってる仕送りの3分の1しかないことを初めて知り愕然とする……

今まで読んだ戦争時代の話と、あまりにかけ離れた生活をするとしこの姿が逆に目新しい。
こうの史代さんの「この世界の片隅に」でも、戦時中といえども楽しみをもって暮らしたり、節約の中に贅沢を感じていたりと、「戦争は戦うだけじゃなく、生活のとなりに戦争があるんだ」ということを改めて感じたものですが、この「フイチン再見!」でのとしこの姿は、贅沢ができないはずだった時代に、多くの民衆より一段上の裕福な生活を送る人がいたこと、そしてそんな人ですら戦争の渦に巻き込まれ、世間の目を感じながら生き、思うがままには生きられなかったということを表していると思う。

・真珠湾攻撃・開戦の一報を、としこが銀座のパーラーで久しぶりのホットケーキをランチにほおばりながら知るシーン
・ハルピンでの生活中に雑誌や文化などで触れたアメリカの大きさ・強さを、裕福でインテリだからこそ肌で感じている
というところは、いままでに私が読んだ戦時中を描いた作品の中には出てこなかった、新しい目線だと思った。

【3巻】

フイチン再見! 3 (ビッグコミックス)
フイチン再見! 3 (ビッグコミックス)

3巻。画学生仲間の弦田氏に肖像画を描いてもらい、これまでの仲間と学んだ3年間を想いながらハルピンへ「帰国」するとしこ。
過激なハンガーストライキを経て、働くことを父に認めてもらったとしこは満州鉄道に勤め始める。
巨大な、国家そのもののような鉄道会社。
そこで知る、勤労女性の待遇の低さや、周りの人間とどうかかわっていくかの経験。
貧困と罪が身近に転がってるのを知る。
このマンガ、出てくる風景もきれいで人々も服装もみないいんですが、食べ物がおいしそうでいいですよね~。としこがいいものを食べてるってのもあるかも(笑)
女性の環境を向上させるために立ち上がったとしこと、それを良く思わない人たちとの対立もある。
3巻はマンガをほぼ描かない。一回だけ、ポスターをマンガのように描いて、自分が人に与えられるマンガとは何かに気づくシーンは、この先重要になってきそう。

【4巻】

フイチン再見! 4 (ビッグコミックス)
フイチン再見! 4 (ビッグコミックス)

4巻。滅私奉公にいそしむとしこは、志願して慰問列車に乗り込み、鉄道沿線の各所をめぐる。
そこでも、であった少年たちの心をつかんだのはとしこが描くマンガ!
1945年8月を迎えて、日本は戦争に負ける。「だが、満州の日本人の”戦争”はここからはじまったのだ――」という裏表紙の言葉通り、あっという間に変わっていくとしこの周辺。
終戦の日はもう我慢せずにケーキを食べに行く! と息巻くとしこだけど……
戦争は終わったはずなのに、敗戦国としての試練がつぎつぎ襲ってくる。

本当にすごい話ですよ。この辺の、終戦後の満州のエピソードはほかの本でも読んだことがなくて、いままで触れてこなかった。上田家の居住していたアパートメントに三千人の日本人が避難してきて、ちからをあわせて共同生活を始めるんですよ。すごい……
「絵がかける」ことはここでもフルに活用される。

5巻の予告が最後にあったけど、不穏な感じですね……1巻の冒頭で語られてるからわかってるけど、つらいエピソードが増えそうだ。

【5巻】

フイチン再見! 5 (ビッグコミックス)
フイチン再見! 5 (ビッグコミックス)

4巻で終戦。5巻は終戦後ハルピンに残った日本人に起きたこと。
敗戦国・日本へ、掌を返したような中国・ソビエトからの仕打ち。
あちこちで起こる残虐な出来事が「明日はわが身」という不安のなか、としこたちは家族でひっそりと生きていく。
それでも、人気漫画のキャラクターを拝借して書いた絵が売れるところなどは希望もありますね。
また、日本が負けても変わらずに支えてくれる現地の中国人のあたたかさ。
行きずりの中国人兵士から受けた寛大な対応もあって、どんな状況でも100%つらいってことはないのかもしれないと思える……

シベリア抑留の話もそうだけど、終戦で日本はあっという間に復興に向かって、昭和30年には近代化が進んでるのに、海外に取り残された人たちの終戦後の苦労は大変なもの。
自分の国に帰るってことがこんなに大変だとは。

劣悪な状況の中、やさしくしてくれた人たちとも別れて日本へ向かうとしこたち一家。
でも、移動を始める前にとらわれてしまったお父さんがどこでどうしているか気になる……
っていうか、ああ……つらい展開です。そして6巻へ続く。

【10巻の感想】

10巻にて完結。
漫画家、上田としこの生涯。

フイチン再見!10巻

私の母が上田としこ先生の「フイチンさん」のファンで、私も高校生ぐらいの時に復刊した愛蔵版を読んでいる。
上田としこ先生を知っている同世代はすくないかもしれない。
私自身、フイチンさんは読んだことがあっても、どういう人が描いたのかと言うことはまったく知らなかった。

京都に国際マンガミュージアムができた時、漫画家の皆さんから寄せられた開館記念の色紙イラストの中に上田としこ先生のイラストもあって、それを観た時「あっ!フイチンさんの上田としこ先生だ!」と思った。
ほかには、フイチンさんがアニメになった時も、制作会社のwebサイトから通販で取り寄せ、実家に送ったなあ……
こないだ復刊したフイチンさんももちろん購入して、やはり実家に送りました。

読んだことのない人にはぜひ! おすすめしたい。
これを読んで中国(ハルピン)へのイメージが変わった、というか「いいなあ、楽しそうだなあ」という印象になった。

10巻は最終巻。上田としこ先生が漫画界の先頭を走ることは無くなったけど、新しい漫画と次々に生まれてくる女性漫画家を支え続ける。こんな姉御が知り合いだったら心強いだろうなあ……

そして、戦争が終わってから何年もたっているというのに、それでも戦争で受けたつらい思いは癒えないまま、自分にも、家族にも、戦争を体験した人々の作品にも残っていく。

前にも書きましたが、上田としこ先生は裕福な家庭の生まれで、戦前も戦中も素敵な服と髪型でおいしいものを食べたり画塾へ通ったりしているわけですよ。
いままで戦時中を描いた漫画と言えば、どちらかと言うと貧しい一般人がさらなる苦労を強いられる話がほとんどだったので、裕福な人目線の戦時中って言うのは新鮮に感じた。

「この世界の片隅に」の映画を見た若い人が「顔も見たことない相手のところへ嫁に行くとかいう設定は無理がある」と、あの頃の時代だったら別におかしくないことの雰囲気をつかめずにいる話を読んだけど、
私だって「戦前にホットケーキとかあるの!??ワンピースとか帽子とか洋風のものを身に着けてたり??」ぐらいのイメージですよ。なんか逆に戦前の人なんて遠い昔の人で、私たちの世界はいろいろあって恵まれているからあのころとは違うと思ってしまうんだけど、戦争より前にもいろんな楽しいものや今と同じものが存在していて、それを失ったり手に入れられなくなったりしていたということをこの漫画シリーズを読んで改めて、初めて実感してしまった。

10巻では漫画界も盛り上がって、たくさんの雑誌が創刊されて新しい漫画がどんどん出てくる様子も描かれる。トキワ荘メンバーも活躍するし、劇画が主流になっていく中で手塚治虫が苦悩したり。

上田としこ先生は2008年に90歳で亡くなって、わたしもその時のことは覚えている。
ネットのニュース記事を見て、「エッ!……ああ……」と言葉にならなかったっけ。
10巻ラストはすっと眠るように亡くなるまでが描かれている。まさに伝記のようなシリーズになりました。

作者・村上もとか先生が3か所ほど出てくるところも面白いですね。
同じ時代を生きているというのはこういうことかと。自分の人生とも重なってくる。
私自身も、そろそろ私が生まれて〇歳だったあの頃の話か~、そのころこんな感じだったんだな~と思うとまた見えるものが変わってくる。

全編にわたって、東京の昔の街並みが描かれているのも見どころ。
知ってるあの場所の、あのころからある建物や変わってしまった街並みを見るのも楽しい。

【漫画の感想】本気のしるし(星里もちる)全6巻

※これは以前本読みブログホンヨンダのほうに掲載していた記事です。
お気に入りの記事は少しずつ移動させています。 元の記事はこちら

本気のしるし(星里もちる)全6巻

文具店を紹介する本を購入しようと思って検索したのに、
まだ発売されたばかりだったからかデータベースに反映されていなくて
代わりに検索結果に出てきたのがこの漫画。

中小文具店に勤める男・辻が主人公。

とのことでしたので、文具店モノ……なのかなあ?と思いつつ、紙の本は絶版のようですので
電子書籍で購入!

実は星里もちる先生の漫画は苦手なものもあって……
「りびんぐゲーム」好きで、リアルタイムでも読んでたし、単行本も持ってたし、
数年前に出たコンビニ廉価版コミックも購入しましたよ。でもそのつもりでほかの作品を買うと、大体最後まで読めないんですよ。

だから、「本気のしるし」は文具店モノということがキッカケになって、私にとっては久しぶりに全部読めた星里もちる先生作品ということになります。

まず、文具度ですが、低いです。
文具が出てくることを期待して購入してはいけないです。ほとんど出てこないです。
あと、辻くんが勤めてる文具店はひどいです、(笑)残念ながら旧態依然とした、古い体質の会社で、こりゃたぶんつぶれるな……って感じです。文房具業界は厳しいんですよ。昔ながらのスタイルでやれてるところもあるけど、たぶんこのムラサメ文具(株)に将来はないですよ。文房具の会社だと思って読んでると逆に切なくなってきてしまいますよ……ある意味リアルで……

辻くんは営業マンだけど、なんか倉庫で在庫を数えてるぐらいで、商品としての文具の姿も出てこないし
その倉庫で後輩のみっちゃんとチュッチュするぐらいです。

【あらすじ】
文具店に勤める辻は、表面の顔だけはつくろって波風立たないよう周りに調子を合わせて生きてきた。
流されるようになんとなく、言い寄ってきた二人の女と付き合ってる。片方の後輩女子は完全に遊び。先輩女子ともなんとなくで付き合ってる。正直どっちもめんどくさい。
そんなつまらない毎日だが、踏み切りで車をエンストさせて危ないところだった不器用な女を助けてしまったのをきっかけに、その「うそつきでいい加減で頼りないうかつな女」のことが放って置けなくなってしまった。
これは恋なのか?
女はふわふわとあっちいったりこっちいったりいなくなったりトラブル持ってきたり擦り寄ってきたりで辻を翻弄する。
辻は地獄を見るのか天国を見るのか?

話の内容はとにかくトラブル続き、どろどろしてる。
妙なリアリティ。これが星里もちる先生のすごいところ。(で、苦手なところ)
トラブルメーカーのヒロイン「浮世さん」は、こんな女いねーよといいたいところだけど、
いる…… こういう人は存在している……
断わるのが下手で、八方美人で、困ったらその一瞬だけごまかせる(すぐにばれる)ウソをつき、
怒られたりしたら即座に謝る。反省して見せる。
でもすぐまた同じような失敗を繰り返し、人を裏切り、「信じて」を連発するのに人を信じない。
こういう人間に「あの人は悪い人じゃない」「あの問題以外は申し分のない魅力的な人」というオプションがついちゃったら、かかわった人間は地獄ですよ。

【浮世さんについて】
浮世さんは不器用で断われなくてうそつきだけど、いい子なんですよ。
風俗でもお客さんのために一所懸命奉仕して働いちゃう。
ホレ、いい子でしょ。でも風俗で働くしか道が無いんですよ。ほかに行くところとか、頼れる人とかが少ないという理由でそこに行くしかないんですよ。なにこのリアル。
断われない、嫌われたくないって八方美人の性格の人に、人から狙われる美貌と身体と金がくっついてしまったから浮世さんの人生は転落してしまっている。大人になったらそんな頼りない人間でも一人で何とかしなくちゃいけないことばかり。
途中で、浮世さんに似たタイプで、でも幸せになってる「昔のお友達」という女性が出てくる。
彼女の悲痛な「自分を守るのが下手な人間もいる、それのどこがいけないのか。悪いのは騙し・つけこんでくる人間ではなく、守るのが下手な人間なのか?」という叫びは、私の心にも刺さる。私もどちらかというと自分を守るのが下手なタイプだからだ。

【辻くん】
辻くんは星里作品ではよく見られる優柔不断男。そこに「人間関係めんどくさい」って性格がくっついたから、結構ひどい人間に見える。ただ、一応 人との摩擦を少なくしたい、うまくやりたいという考えを持った人だから、社会はうまく渡っていて、信頼も築いているし、がんばる姿には周りも好感を持って応援したくなるタイプらしい。そこに助けられている。(辻自身も、読者も)
なあなあで付き合っていた二人の女には、こっぴどくやられてから別れることになる。でも二人とも、ひどい仕打ちをしつつも、実際凹んでる辻を見るとちょっとかわいそうだなって思うところもまたリアル。
意外に、浮世さんには厳しいことを言いつつもひどいことはしていない。そこが最終的に幸せになれるポイントじゃないかな……

【たぶん一番良い人】
最初から最後まで、わけアリでインテリヤクザのような裏社会の男、脇田さんがたぶん一番いい人。
わたし脇田さんが好きだわ。この安定感。この人も、浮世さんに実はメロメロな男の一人なんだろうなあ……

【ムラサメ文具(株)と文房具】
最初のほうに書いたとおり、文具店に勤めながら文房具はほとんど出てこない。
箱が置いてある倉庫で箱を数えるシーンばかり。
ムラサメ文具は中小の文具店だというけど、メーカーでなく小売だとこの規模はかなり大きい。だって部署がたくさん分かれてるし、役職がたくさんあるし、店舗も多数運営してるし、女子は制服着てるし……
ただひどい会社です。会社の規則・仕打ちに何度吹いたことか。ブーッ!!
・社内恋愛禁止。発覚した場合はキャリア関係なく女子が辞めることが暗黙の了解
・社内恋愛の証拠写真をプロジェクターで見せながら弁解させ責任を問う
・営業職の不倫は言語道断。仕事に影響がある。即刻関係を清算せよと詰め寄る
・不倫の証拠をプロジェクターで見せ(略)
・社内の役員が「この会社に未来はない。過去の取引にしがみつくばかりで自社を変える気も無い」とばっさり
・他社へ転職しようとしてることの証拠をプロジェクターで(略)
・発注伝票の改ざんなど嫌がらせが可能
すげえやな会社だな。と最初から最後まで。

最後のほうで、ボールペンに名入れがされてなかったという(元文具小売店勤務としては)肝の冷えるエピソードがあったり、「手にはいりにくい商品」として「B4のレターケース40個」が出てくるあたりは燃えた。
B4のレターケースって手に入りにくいんですよ。特殊なサイズだし。でも漫画の原稿用紙やスクリーントーンはこのサイズで、もしかしたら星里先生が入手に苦労したのかも。


【ラスト・ネタバレあり】

最後は結局幸せになったようです。
断われない性格の浮世さんは、辻くんのことをはっきり大事な人だと意識したことで、自分を変えようとしました。そして、会えない期間に、断わるべきときは断われるように成長してきました。それでも周りに隙がある女と思われてしまう。やはり辻くんはそれが不安な様子。
また死ぬようなエピソードを経て、生還した浮世は、きづくんですね。「自分が美しくなければ男はちょっかい出してこない」ことに……
まあそれだけじゃなく、浮世の成長もあってのラストだと思いますけど、自分をこ汚く(失礼)することで無用のトラブルを避け、男関係の不安を払拭しようってのは、昔の怪談であった「美人で夫が心配するからと自分の鼻を削いだ」って話しみたいじゃないですか。そこまでじゃないけど。
浮世さんが多少醜くなっても、辻くんのほうがいい感じに枯れちゃってるから問題ないかもね。

というわけで、なんだかんだ突っ込みながらもとても楽しく読みました。一気に読んでしまったし。
この二人から目が離せない気持ちになった。キャラクターの心理描写がすごい。じわじわずれていくところに説得力がある。
ひとつだけ、辻くんにほかの家族の姿が見られなかったのは残念。なんで家族出てこないんだろ。浮世さんのほうは「愛されたのは生まれたときと名前をつけられたときだけ」ってセリフで、本当に頼る人がいないのはわかったんですけど。成人男性だと家族がちっとも見えてこなくても普通なのかな?

このじわじわ~っと転がっていく感じはとても感想文じゃ紹介できない魅力なので、ぜひ最後まで読んでみて欲しいです!

【本の感想】虫づくし(別役 実)

ブログ「ホンヨンダ」に書いた記事のアーカイブです。ホンヨンダの記事

虫づくし (ハヤカワ文庫NF)
虫づくし (ハヤカワ文庫NF)

 

虫が好きな私にとってはタイトルからしてそそる本。
しかし、虫の本なら何でもいいというほど活字好きではないので、本屋でパラパラとめくってみる。
序説の「虫は虫である」という文章で、「虫とはにょろつくものである」から始まる多数の「虫とはなにか!?」説を読み進めていくうちに、これはおもしろそうだと購入してしまった。

そしてその序説の部分で私はまんまとだまされたわけだ。(笑)
リアルに描かれた登場人物と、少しミステリーな体験談風の文章に、すっかりノンフィクションだと思ってしまったんだよね。

最初の水虫の章でもまだあまり疑わなかった。東北地方の餓鬼が舐めとれば水虫が治るなんていう説にも関わらずだ。
「たむしによる自殺」なんていうのも「ヘエー」とか思いながら読んでしまった。
この辺は虫っていうか……目に見えないし、自分がたかられた事も無いから実感できなかったのかも(笑)
「プラスチックを食べるゴキブリを開発」というところでようやく
これは……もしかしたらジョークなんじゃ
と気がついた!(笑)

遅すぎる!(笑)
気付いてからはどんどん出てくる奇妙な虫とソレを取り巻く人間の様子がおかしくて、ずっと笑いっぱなし。
いかにも権威のありそうな架空の学者や雑誌名、本当は無いであろうソースの示し方などがリアルすぎて「やっぱり本当なのかも?」って幾度か疑ったよ。

ナメクジにも毛が生えましたというCMを流したらヒワイだといわれたという話とか、淫靡で面白い。卑猥だって言われりゃ卑猥だけど、卑猥だって気付かなきゃただの毛が生えたナメクジなんであって、みんな「卑猥だ」って気がついても「何処が?」って説明するのにためらっちゃう(で警察がわいせつ物として取り締まりたいけど躊躇してるんだよね)所とか、目に見えるようで楽しい。

哲学的な物も中にはあって、
「ゲジゲジはゲジゲジを食べるので、ゲジゲジだけで完結する」
「なめくじは病気のかたつむりだ」
という話は考えさせられるなぁ。

一章ずつが短いので、少しずつ読んでも小噺のように楽しめる。
電車の中で読んだら笑えてたまらなかったけど、電車の中でも楽しく読めます。
ただし挿絵が虫だったり、見ようによってはヒワイ(笑)なので周りに迷惑をかけないように。