全部じゃなきゃいけないのかなぁ?



 初夏の、少し暑いぐらいの日でした。
カメの「ミガ」は急ぎ足で、ネコの長老に会いに行くところです。
ネコの長老は静かで、何でも教えてくれるおじいさんです。
長いひげが、体の毛に混じって なんだか不思議な風貌です。

 ミガは長老の家のドアをノックしました。
ドアがそっと開きます。
「おや、カメのミガじゃないか。誰もいないかと思ったよ」
ネコの長老がしゃがみこんで、ミガと目線を合わせようとしています。

 ミガは落ち込んだように、長い首をたらしています。
「ミガ、何を悩んでいるのかな。話してごらん、このミズゴケのドーナツを食べながら」
長老はお茶をすすりながら、ミガにドーナツを勧めました。

「ぼく、アカミちゃんが好きなんだ」
ミガがようやく一言しゃべりました。
「ほぅ、アカミというと、あのカメの女の子だね。」
長老はイスの背もたれに大きく寄りかかって、ひげをなでています。

「アカミちゃんとはずっと仲良しだし、ぼくはほかの女の子よりもアカミちゃんが好きなんだよ」
カメがぽつりぽつりと話を続けます。
「でも、こないだシッピくんに、"おれのほうがアカミちゃんを好きだ"っていわれちゃったんだぁ」
「ほほぅ、シッピというと、あのいたずら小僧のカメだな。それで、どうした」
長老はぐぐっと体を前に乗り出してきました。

 「ぼくだってアカミちゃんが大好きだもんって言ったんだけどね、
"じゃぁ、アカミちゃんのこと全部すきなのか"って聞かれて、ぼく悩んじゃったんだ」
「シッピは、なんて言ってた。」
「シッピくんは、アカミちゃんが何をしたって、どんなアカミちゃんだって、好きだって。」

 ミガはそっとドーナツに手を伸ばすと、ひとくちかじりました。
長老はお茶を飲むのも忘れて、ひげを1本ずつ丁寧になでています。
「ミガは、アカミのことを全部好きではないのかい?」
やさしい口調で長老が質問しました。
ミガはドーナツをお皿に戻しました。
「ぼくは、アカミちゃんが元気で明るいところは大好きだけど、たまに調子に乗ってうるさくなるときは
良くないと思うなぁ。アカミちゃんにもそう注意したら、"ごめんね、これから気をつける"って言ってくれたよ。
そういう素直なところも好きなんだ。でも、"全部が好き"じゃなかったってことだよね?」

「そうか、アカミに嫌いな部分もあったのか。」
長老はお茶をすすります。

「ぼくもアカミちゃんのことは大好きだけど、シッピくんみたいな自信はなくなっちゃった。 たまにはアカミちゃんが良くないって思っちゃうし、これからもうるさかったら また注意しちゃうだろうし、他にも良くないところがあるかもしれないんだ」

「全部じゃなきゃ、いけないのかなぁ?」

長老もドーナツに手を伸ばしました。
「"全部嫌い"も、"全部好き"も、同じぐらいの幻だよ」

長老がそういうと、ミガもドーナツをかじりました。
「こんど、お母さんにもこのドーナツ作ってもらうよ」

初夏の、少し暑いくらいの日でした。

end

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