夏の拾いもの



 夏の良く晴れた暑い日、先輩が日陰を選んで速足で歩いているのを見かけた。
「先輩、どこへ行くんですか」
「でっかいアレがおちてるんだそうだ。現場に向かうところだよ」
わたしもさっき、ほかのアレを処理する仕事を終えたばかりだけど、
「本当ですか。わたしもいきますよ」
手伝いのため、先輩についていくことにした。

 これはこれは、さっきのものより少し大きいぞ。手伝いに来てよかった。
すでに10ほどの仲間が仕事にとりかかっていたが、まだまだ手は足りないだろう。
「助っ人に来たぞ」
「たすかるよ。大物なんだ」
なかまたちはせっせと働いていた。

 夏という季節には、食べるものがそこかしこに落ちている。降ってくるのか、地面から出てくるのかわからないが、とにかく落ちている。
わたしたちはそれを見つけると、細かくしてわたしたちの家に持って帰る。
大事な食料になるのだ。
それにしても誰が食料を落としてくれるのかわからない。
わたしは食料を落としてくれる誰かに感謝している。

「いやあ、芋虫を襲うよりずっと楽で、この落とし物を解体して持って帰る仕事は好きですよ」
「なんだ、セミのことを知らないのか?」
セミ?
「セミとは?」
「いま解体しているこれだよ。食べ物の塊じゃなくて、われわれと同じ、ムシさ」

ショック!
落っこちていて、何かを殺していないのに得られていると思っていたこの大きな食べられる塊は、ムシだった!
我々と同じムシの一種だった!
「結局ムシだったんですか」
「ムシだな。死んで落ちているところをよく見るけど、生きてるときは樹にしがみついて、鳴いているよ。あの音がそれさ」
「ミーンミーン ジーワジーワジワジワ……ケケケケケ〜 みたいなやつですか」
「おまえ、うまいなあ」
先輩にほめられて、ちょっと得意になって「エヘヘ……」と笑った。「セミ」を解体する手は休めなかった。
「おまえ、セミになれるんじゃないか」
「セミになったらこうやって落ちてわたしたちの食料になるんでしょう、いやですよ」


 わたしは「セミ」を持てるだけ持って、いったん家へ帰ることにした。全部持ち帰るまで何往復もしなくちゃいけない、さぼっている暇はない。
帰る途中、よく見ればあちこちに「セミ」がころがっていた。
まだ足が動くものもいたが、言葉はしゃべらなかった。
言葉をしゃべらなくてよかった。

 家に「セミ」を持って帰って、倉庫係に手渡すと、彼女は嬉しそうに「ごくろうさまです」と言いながら受け取った。
「それ、セミっていうんだって。知ってた?」
「いいえ。どの辺がセミなんですか」
「どの辺っていうか、そういうのがたくさん集まって、セミだよ」

 わたしはなぜ彼女にもそんなことを伝えたくなったのだろうか。
「セミ」を先輩たちが解体してる現場に戻る途中、さっき足が動いていたセミに声をかけてみた。
「ミーンミーン。ジーワジワジワ。ケケケッケケッ」
セミは羽を震わせてくるくるとまわった。

お別れの挨拶になっていただろうか?


end

(c)AchiFujimura 2017/8/7




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