ピンポン

 僕の彼女は頭がわるい。
僕はどちらかというと大学でも成績優秀な方で、しかも応用力もあり、読書も映画鑑賞も頻繁にするので、
インテリを自称しても良いかもしれない。

 僕が見た映画や本の内容を彼女に話したところで、彼女はまったく理解できず、
わかったようなふりだけして眠り込んでしまう。そんなとき僕はただメガネを拭くことで自分を慰めているのだ。
正直なところ、僕がなぜ彼女とつきあっているのか分からない。
話があったためしがない。つきあったきっかけもイマイチおもいだせない。

 僕が好きな小説では、女性はみな聡明で凛として強く、才能のある男を癒しながらも
決して男に頼りきっているばかりではない自立した存在で、いつもあこがれの対象だ。
 僕の彼女は見た目はかわいいが、見た目通りのオツムの程度にはたまにあきれさせられる。
「こないだ街で〜、アンケートに答えるだけっていうから付いていったら変なところに
つれてかれちゃって〜、超こわかった〜」
彼女が本当に怖い目にあったようなしぐさでそういうので、僕はあきれてしまって
「付いていくなよ、無事だったから良かったけど」
「え〜無事でよかったなんて心配してもらえて超うれしい〜、なんか映画に出ないかって
いわれて、そのために勉強しなくちゃいけないから海外へ行って仕事をしながら学校に行くんだって、
アタシ勉強嫌いなんで〜っていったらあぶらとりがみくれたんだよ〜」
話がかみ合わないが、粗品をもらった事はとても嬉しかったことはわかった。

 人気のコスメが〜とか言う彼女の話も僕にはよくわからないし、
僕の見たロシア革命を題材にした映画の話も彼女にはわからない。
僕が所属している純文学研究会の友達は、
「あの頭の線が断絶されているような女性は君の品位を貶めていくだけだよ」と
会うたびに熱弁する。


 今滞在しているひなびた温泉宿も彼女の選択だ。
どこかへ行きたいとねだるので、僕が「君が計画を立てなさい」と任せたためだ。
場所としても辺鄙なところだし、電車の乗り換えも行き当たりばったりで効率が悪いし、
あまり掃除も行き届いていない雰囲気の旅館が気に入らなくて、僕はイライラしていた。
「卓球あったから卓球やろうよ」
彼女が無邪気に笑うので、僕は深刻な雰囲気を思い知らそうとつっけんどんに言った。
「今、読書をしている。随筆にある宿とこの旅館のレベルの違いにあきれているところだよ」
「卓球ひとりじゃできないよ」 「旅館は旅の疲れを癒すものだと思ったが、なぜ卓球をやって疲れなくてはならないのだ」
「二人でできるからだよ、バスケだと十人いなくちゃいけないけど、この旅館団体用じゃないし」

 結局卓球に付き合う事になった。
ラケットは手入れされていなくて、これでは球にスピンもかからない。
そもそもあまり得意ではないので、僕はたどたどしくサーブを打った。
「きゃは」
彼女がわらって、あちらもたどたどしく球をうちかえしてきた。
「おっと」
ヘンなところへ行った球を追いかけて僕は走った。
その後は安定して、結構打ち合いも様になってきた。

僕も彼女もほとんど無言で「コツン コン」と球を打ち合い続けた。
僕の放ったものが彼女から返ってくるということは今までになかった。
新鮮に感じた。
彼女が放ったものも、僕が返すという事はあまり無かったかもしれない。
彼女も同じように考えているのだろうか、僕と目があって笑った。

 その瞬間、彼女がピンポン玉から目を離したためにラリーが終わった。
彼女は慌ててピンポン玉を追いかけて、拾ってエヘエヘと笑った。
少し涙ぐんでいるようにも、見えた。「えいっ」彼女がもう一度サーブを打った。

僕は彼女のサーブを、彼女が打ち返しやすい位置へ返した。
やっぱり僕は彼女が好きだったのだ。


end

(c)AchiFujimura StudioBerry 2006/10/16


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